11-11
木の洞の中に蹲り、寒さに震えていたメルグウェンは、遠くから聞こえる物音に気付いていた。
だが恐怖のあまり自分の頭が生み出した幻覚だと思っていたのだった。
助けに来てくれる人などいる筈がない。
私はいない方が良いのだから。
私がいなくなったら、あの男は希望通りにダレルカ姫を嫁に迎えることができるだろう。
不思議と悔しい気持ちはなかった。
あるのは悲しみだけ。
これからどうしよう?
馬もなく持っているのはこの剣だけ。
どこに行ったらいいのだろう?
急に直ぐ近くで犬に吠え立てられメルグウェンは飛び上がった。
「姫、姫ですか?」
外を見ると、モルガドが泣きそうな顔で駆け寄ってくるのが見えた。
メルグウェンは凍えた体をそろそろと伸ばし木の洞から出て来た。
「お怪我は?」
モルガドが心配そうに聞いたが、メルグウェンは首を振って前をじっと見ていた。
険しい顔をしたガブリエルが大股に近づいてくるのが見えたのだ。
……来てくれた。
来てくれた。
でも、何故?
ガブリエルはとても怒っているように見えた。
この男の怒っているところを見るのは二度目だとメルグウェンはぼんやり考えた。
「馬鹿者!!!」
メルグウェンの目の前に来たガブリエルは、そう怒鳴ると勢いよく腕を伸ばした。
殴られる!!!
そう思ったメルグウェンは身を竦め目を閉じる。
しかし、ガブリエルの大きな手はメルグウェンを打つことはせず、その頭を捉えると乱暴に自分の胸に押し付けた。
メルグウェンは咄嗟のことに抵抗もせず、大人しくガブリエルに抱かれている。
やがて、メルグウェンは肩を震わせて泣き始めた。
強張った体から恐怖や緊張が、涙と共にゆっくりと流されていく。
ガブリエルの手が、しゃくりあげるメルグウェンの背中を優しく叩いた。
このまま時間が止まってしまえば良いのに。
メルグウェンは額を逞しい胸に押し付けながら思った。
なんだか懐かしい感じがする。
前にもこんなことがあったような…
メルグウェンがそう思った時、ガブリエルが言った。
「帰るぞ」
泣き止んだメルグウェンはガブリエルから離れた。
「いいえ」
ガブリエルは首を振るメルグウェンを訝しげに見つめた。
メルグウェンは唇を噛むと頭を下げた。
「ごめんなさい」
「何だ?」
「貴方の結婚を駄目にしてしまってごめんなさい。でも私がいなくなれば、ダレルカ姫は戻ってきてくれるでしょう?」
「その話はもういい。帰るぞ」
頭を振るメルグウェンにガブリエルは眉を顰めた。
「拗ねるのはやめろ」
「拗ねてなんかいません。私はいない方が良いのでしょう?」
「誰がそんなこと言った?」
「貴方が」
「俺は言ってないぞ」
また涙が溢れ出したメルグウェンは唇を噛んで俯いた。
「…バザーンで、私を殺してしまえば良かったって」
少しばかり戸惑った顔をしたガブリエルは、直ぐに決まり悪そうな顔になった。
「俺達の話を聞いたのか?あれは怒りのあまり口が滑ったんだ。許せ」
「でも本当にそう思っているから、口が滑ったのでしょう?」
「いや、そんなことはない。おまえを大事に思っている。だから一緒に城に戻ってくれ」
メルグウェンは自分に頭を下げている背の高い男を目を丸くして見つめた。
そして震える声で尋ねた。
「貴方は本当に私が城に戻ることを望んでいるの?」
涙で潤んだ黒い瞳を見つめながらガブリエルは答えた。
「心から望んでいる」