11-5
パドリックをベッドに寝かせると、メルグウェンは尋ねた。
「今夜は何がいいかしら?」
既に眠そうな顔をしたパドリックは、蝋燭の光を眩しそうに見ている。
「貴方の国の唄」
メルグウェンは優しい声で歌い出した。
二人の影が壁にゆらゆらと揺れる。
部屋は暖かく居心地が良かった。
やがて、パドリックが安らかな寝息を立て始めても、メルグウェンは立ち上がらなかった。
自分の部屋に戻るのが恐かったのだ。
パドリックが寝返りを打ち、小さな手が何かを探すように動いた。
メルグウェンは布で作った猫をその手に乗せてやった。
パドリックは猫を掴むと鼻にゴシゴシと擦り付けて、満足したように大人しくなった。
今頃、あの二人は手を取り合っているのかしら?
睦まじく寄り添っている二人の姿が目に浮かび、メルグウェンは慌てて頭を振った。
何故一番見たくない場面ばかり思い浮かべてしまうのだろう?
微笑み合うガブリエルとダレルカ。
ダレルカの髪を撫でるガブリエル。
抱擁し合うガブリエルとダレルカ。
メルグウェンは頭を抱えると呻き声を耐えた。
望みのない恋とは何と辛く苦しいものなのだろう。
溜息をついたメルグウェンは、パドリックの頭を撫でると立ち上がった。
風に乗って賑やかな音楽と笑い声が、窓に近づいたメルグウェンの耳に届いた。
翌朝、メルグウェンが鷹匠のティリオウの所に行った帰り、裏庭の井戸で水を汲み手を洗っていると話し声が近づいてきた。
こんな朝早くから誰が庭に出ているのだろうと思ったメルグウェンだったが、ふと女の声がガブリエルの許婚の声に聞こえ、木の陰に身を隠した。
そっと窺ってみると確かにそれはダレルカだったが、ガブリエルとではなくルモンと一緒だった。
何を話しているのかしら?
ダレルカが言っていることをルモンが首を振って拒絶している。
「そのようなことは、私にではなく城主様にお話ください」
強い口調でルモンがそう言って、足早に去って行った。
ルモンを怒らすなんて、何を言ったのかしら?
ダレルカは何か考え込んでいる。
いつまでもここに隠れている訳にもいかないと思ったメルグウェンは木の陰から出てきた。
その姿を目にしたダレルカは、ハッとしたような顔をしてメルグウェンに近づいて来た。
「おはようございます」
メルグウェンが丁寧に挨拶をすると、落ち着きを取り戻したダレルカは言った。
「そこに隠れて私達の話を聞いていたって訳ね」
「いいえ。私は手を洗っていただけで、話など聞いておりません」
「しらばっくれるのね。ひとつ、ご忠告しておくわ。いくらあの方の甥を使って取り入ろうとなさったって無駄よ」
「何を仰っているのか分かりません」
「私がこの城の奥方になるの」
「城主様がお決めになることです」
「そうよ、彼が私を望んでいるの。だからいくら貴方が頑張っても無駄なのよ」
「どういうことですか?」
メルグウェンは段々腹が立ってきた。
何だと言うのだろう。
ガブリエルがそう望んでいるのなら、それでいいではないか。
この美しい姫はあの男に望まれて奥方になるのだ。
いったい何故私に文句を言ってくるのだろう?
「貴方は結婚には興味がないと仰っていたけれど、本当はガブリエル様のことがお好きなのでしょう?」
ダレルカは、どんな小さな反応も見逃さないとでも言うように、メルグウェンをじっと見つめながら聞いた。
メルグウェンは目を逸らす。
「私には貴方の質問に答えなければならぬ義務はありません」
「彼の奥方になりたいのでしょう?」
「いいえ」
「貴方は孤児?それとも貧乏な親に捨てられたの?親の後ろ盾や持参金もないのに城主の奥方になろうなんて、随分と厚かましい方だわ」
「奥方になろうなんて思っていません。それに私の親のことは貴方に関係ないでしょう?」
「嘘が下手な方ね。でもよくもその汚れた烏みたいな姿で私と張り合えるなんて思ったわね」
「貴方と張り合おうなどと思っていません。やることがありますのでこれで失礼します!」
メルグウェンはそう言い捨てるとその場を離れた。