11-4
その日の夕方、メルグウェンが自分の部屋で縫い物をしていると、扉をノックしてダレルカが顔を覗かせた。
「お邪魔かしら?」
メルグウェンは驚いたが、立ち上がってダレルカを迎え入れた。
「いいえ。どうぞ」
「良いお部屋ね」
ダレルカは部屋の中を見回すと、メルグウェンの手元の刺繍に目を留めた。
「もしかして、お嫁入り道具?」
メルグウェンはダレルカを見上げた。
ダレルカは頬を染めたメルグウェンを見て微笑んだ。
「いいえ、そのような物ではありません」
「そう」
ダレルカは暖炉の前の椅子に腰を下ろした。
金髪のみつ編みで囲われた美しい顔を燃え盛る火が照らし出す。
ダレルカは踊る炎をうっとりとした目で見つめながら言った。
「ガブリエル様は貴方のことを妹の代わりだと仰っていたわ」
「…そうですか」
「だから私達が結婚したら、私にとっても貴方は妹のようになるわね」
「……」
「父上に頼んで、できるだけ早く貴方に結婚相手を見つけてあげましょう。それとも既にどなたかいらっしゃるのかしら?」
「私は結婚するつもりはありませんので」
「あら、何故ですの?まだお若いのに」
「ダレルカ様はこのお城はお気に召されましたか?」
「ええ、楽しそうですわね。私も早く仲間入りしたいですわ」
「……」
「ガブリエル様とのお話があった時、私はとても嬉しかったわ。あんなにお若いのに既にこんなに大きなお城の城主様で、お家柄も申し分ないですし。それに、ガブリエル様とならとても幸せになれる気がしたのです」
メルグウェンは黙って頷いた。
そう、二人は幸福になるだろう。
あの男に愛される女性が幸せにならない筈がない。
感謝祭の前夜は城下町でも城の中でも祝われる。
メルグウェンは初めは昼食の後、自分の部屋に戻るつもりだったが、パドリックがどうしてもメルグウェンに手伝って欲しいと両手を合わせて頼むので仕方なくついて行った。
パドリックに引っ張って行かれたのは、裏庭の隅にある庭道具を入れる小屋の中だった。
そこでパドリックは台所の連中が数日前から探し回っていた調理器具を使い、妙な楽器を作っていたのであった。
客の前で一緒に演奏して欲しいと言われてメルグウェンは困った。
これだけではとても音楽とは言えないのではないか?
美しい姫の前でガブリエルに恥をかかしてやりたいという少し意地悪な気持ちが湧いたが、パドリックが一生懸命なのを見て思い改めた。
「ねえ、私がラウドを弾いて歌うから、貴方はこれとこれだけで伴奏してくれない?」
メルグウェンはラウドを部屋に取りに行き、パドリックも知っている易しい唄を弾いてみると意外と上手くいったので、そうすることに決めた。
二曲選んでパドリックと繰り返し練習すると、すぐに夕食の時間になった。
食事の後、皆が焚き火の周りに集まってきた。
騎士達がルモンを呼ぶ。
食事の前にメルグウェンが話してあったので、ルモンは客の方を向いて言った。
「今夜は初めにメルグウェン姫とパドリック殿が演奏します」
パドリックが調理器具を持ち出してしまったため台所は大騒ぎになったことをルモンが話したので、客達は手を打って喜んだ。
俄か作りの楽器の上に屈みこみ真面目な顔をして一生懸命演奏しているパドリックと、そんなパドリックを優しい目で見ながらラウドを弾くメルグウェンは、傍から見るととても可愛らしい一組だった。
演奏が終わり沢山の拍手にお辞儀をした二人は、ガイディやタラバード等の楽器を持ったルモンら3人と交代した。
メルグウェンは客の側を通る時、ダレルカが笑いながらガブリエルに可愛らしいお猿ですことと言うのを聞いてムッとした。
私の可愛いパドリックが猿ですって?
ガブリエルが何と答えるかと立ち止まって耳を澄ませたメルグウェンは、彼がダレルカにあの猿は自分の甥だと言うのを聞いてほくそ笑んだ。
本当に可愛いと思っただけで、悪い意味はないのだとダレルカがしきりに言い訳しているのが聞こえたが、メルグウェンはフンと鼻を鳴らすと、パドリックの手を引っ張って中庭を横切って行った。
それはパドリックにも聞こえていたようで、メルグウェンと片隅に座ると耳に囁いてきた。
「やっぱり僕は貴方の方が好きだよ」
「私も貴方が好きよ」
メルグウェンはパドリックと笑い合うと、立ち上がって言った。
「さあ、もうすぐ寝る時間よ。それまでルモン達の音楽に合わせて踊りましょう」
メルグウェンはパドリックや他の小姓達と踊ったが、ずっと話をしていたガブリエルとダレルカが立ち上がり踊りの輪の方に連れ立って歩いて来るのを見ると、パドリックの手を引いて退散した。
二人が踊るところなんて絶対に見たくない。
いくら元気に振舞っても、胸がチクリと傷むのは避けられなかった。