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ずっとメルグウェンの側で様子を見ていたアナは、やっとメルグウェンが塞いでいるのはガブリエルの婚約者となる姫の所為ではないかと気付いた。
メルグウェン様はガブリエル様のことをお嫌いだとばかり思っていたけれど、それは私の勘違いかも知れない。
もしかして、その正反対なのではないのかしら?
そうだったら辻褄が合うわ。
ルモン殿が言っていたことも。
アナは窓からモルガドとガブリエルを眺めているメルグウェンを見つけた時のことを思い出した。
姫があんな切ない瞳で見つめていたのはガブリエル様だったのか。
アナはメルグウェンのために胸を痛めた。
もう少し早く自分がそのことに気付いていれば、何とかできたかも知れない。
でも何故、姫は好きな人に対してあのような態度を取っていたのだろう?
メルグウェンは自分が情けなかった。
昼食には広間に下りていけなかった。
ガブリエルの奥方となる女性を見て冷静でいられる自信がなかったのだ。
今日はティリオウの所にも行かなかった。
剣術の稽古に行くのだったら、もうそろそろ向わなければならない。
少し外に出て運動をしたら気分もすっきりするかも知れない。
そう思ったメルグウェンは、稽古の時にいつも着ている着古した服に着替えると部屋を出た。
広間の横を通る時、中をそっと覗いてみたが誰もいないようで静かだった。
今日は天気が良いから皆は城下町に散歩にでも出たのかも知れない。
だが中庭に足を踏み出した時、メルグウェンは部屋を出たことを激しく後悔した。
丁度ガブリエルが客達と一緒に城の見学から戻って来るところだったのだ。
メルグウェンは仕方なく立ち止まり、皆が近づいてくるのを待った。
ガブリエルに紹介され腰を屈めて丁寧な礼をしたメルグウェンは、初めてワルローズ城の奥方となる女性を見た。
何と美しい姫だろう!!!
パドリックはこの姫には絶対に偽者などと言わないだろう。
メルグウェンは、ダレルカがしげしげと自分を見ていることに気付いた。
澄んだ青い海のような瞳が、黒いビロードのような瞳を覗きこむ。
メルグウェンは瞬きをすると視線を逸らし、もう一度お辞儀をするとさっさと納屋の方に向った。
その為、青い瞳に探るような冷たい影が浮かんだのに気がつかなかった。
「コンワール殿、お待たせしました」
「今日はもう来られぬかと思いましたぞ」
メルグウェンは急いで稽古用の剣を取ると、コンワールの前に行き構えの姿勢をとった。
先程あったことを忘れ、剣だけに集中する。
ここ数日は全然稽古に集中できず、すぐにコンワールに剣を叩き落されていたのだ。
私はエルギエーン地方の貴族の娘だ。
国一番誇り高いと言われるエルグ族の娘だ。
失恋したからって、みっともない真似はできないわ。
いつまで経っても勝負がつかず、声をかけて試合を止めたコンワールは言った。
「やっと吹っ切れたようですな」
「そうね。何だかずっともやもやしていたのが、すっきりしたわ」
「それは良かった。剣術は万病に効く薬です」
メルグウェンはコンワールと顔を見合わせて笑った。
無理をせずに笑うのは随分久し振りだった。