11-2
パドリックは滅多に笑わなくなってしまったメルグウェンをとても心配していた。
悪い魔女に魔法をかけられてしまったのかも知れない。
毎日のようにハシバミの実やきれいな色の落ち葉などを持って、部屋に訪ねて来るパドリックをメルグウェンは無理した笑顔で迎えた。
一生懸命元気付けようとしてくれているのが伝わってきて嬉しかった。
だが同時にガブリエルにそっくりなこの子供を見るのは辛かった。
一度耐え切れずにメルグウェンが泣き出したことがあった。
「もう直ぐお城に新しいお姫様が来ると叔父上に聞いたよ」
「…ええ」
「物語に出てくるお姫様みたいに綺麗な方なんだって」
「そうみたいね」
「だけど、僕は貴方の方が好きだよ」
「……」
「貴方は何でもできるし、とても優しいから」
「…ありがとう」
メルグウェンは溢れてくる涙を止められなかった。
メルグウェンが泣いているのに気付いたパドリックはびっくりした。
「どうしたの?どこか痛いの?誰か呼んで来ようか?」
メルグウェンはパドリックを自分の膝に引き寄せた。
「いいえ、大丈夫。少し胸が痛かったけど、こうしていたら治まるから」
こんな子供の前で泣いたりして。
メルグウェンは口元を引き締めると涙を袖で拭いた。
俯いたメルグウェンの黒い艶やかな髪を小さな手がぎこちなく撫でた。
収穫感謝祭の2日前、マギュスからの一行が城に到着した。
大勢の兵に守られ城門から入ってきたマギュスの城主の奥方とその娘は、馬から下りると辺りを見回した。
中庭に迎えに出たガブリエルに愛想良く微笑みながら奥方は言った。
「綺麗なお城ですこと」
娘のダレルカは嬉しそうにガブリエルを見上げた。
ダレルカはガブリエルが話していたようにとても美しい姫だった。
背が高く、透き通るような美しい肌を持っていた。
蜂蜜色の髪が渦を巻いて背中に流れ、古代の彫刻を思わせる顔の優美な弓を描く眉の下には夏の海のような青い瞳が輝いている。
唇は薔薇のように紅くふっくらとして、相手を魅了する微笑を浮かべていた。
ダレルカは自分の美貌が相手にどのような影響を与えるか十分に承知していた。
子供の頃からそうやって自分の周りの者を意のままに動かしてきたのである。
キリルの城で初めて会った時から、ダレルカは家柄、地位、容姿の全ての面から見て完璧な結婚相手と思えるガブリエルの心を捉えるための努力を惜しまなかった。
この美しく少しばかり高慢な姫は、年若く男らしい城主を自分の足元に跪かせたくなったのだ。
見合いの席でガブリエルは自分の魅力に無関心ではないように見えた。
だがそれだけでは不十分だ。
自分の夫となるだろうこの男に自分に恋をして欲しいのだ。
燃えるような恋を。
ダレルカは首を傾げ計算された眼差しでガブリエルを見上げると、魅力的な声で城について色々質問した。
広間に入り騎士達に引き合わされたダレルカは、満足そうな溜息を漏らして母親の方を見た。
ガブリエル様の城は父上の城よりずっと楽しそうだわ。
「あいつはどこだ?」
ガブリエルは侍女に何かを尋ねている。
「気分が優れないそうで、お部屋に篭っておいでです」
「病気ではないだろうな?」
「夕食には下りて行きますと仰っていました」
ダレルカはガブリエルに近づいて心配そうに言った。
「どなたかご病気ですの?」
「いや。城で預かっている姫が機嫌を損ねているようだ」
アナは非難するようにガブリエルを見た。
「まあ、そんな方がここにおられるんですか?」
「ああ、妹のように思っている。仲良くしてやって欲しい」
「お目にかかるのが楽しみですわ」
ダレルカはそう答えたが、眉間に僅かな皺を寄せ考え込んでいた。