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キリルの城から来た手紙を読んだガブリエルは愉快そうな顔をした。
ワルローズで10日間程過ごした後、旅立って行った吟遊詩人のグイルへルムは、キリルの城にも寄ったのである。
「ケルヴェランのグイルへルムの演奏は相変わらず素晴らしく感動するものであった。特につい最近詩人が書いた、長い金髪を風に靡かせてレジンカ河の辺に立ち海を眺める、哀れな身の上の姫の唄は美しかった」
ガブリエルは別れ際のグイルへルムの言葉を思い出した。
「この城で私はとても楽しい時を過ごしました。城主殿の不利になるようなことは誓ってしませんよ。でも今度来る時には、何年後になるか分かりませんが、あの美しい小姓が身分相応の姿をしているところを見たいものですね」
やはり人を観察することに馴れている吟遊詩人の目は欺けなかったが、結果としては協力してくれたのだなとガブリエルは思った。
秋になるとガブリエルとルモンは首都に赴いた。
結局ルモンはグイルへルムについて行かなかったのだ。
吟遊詩人として世界を放浪するより、城に留まり騎士として勤めることを新たに決心したのであった。
そしてとうとうルモンは王によって騎士に叙任されることになった。
ワルローズの城では二人の帰りを首を長くして待っていた。
しかし予定の期間が過ぎてもいっこうに帰ってくる気配がない。
皆が不安になり始めた頃、キリルの城から使いの者が来た。
どうやら二人は暫くの間キリルの城に滞在することに決めたらしい。
手紙にはルモンが無事騎士となったことが書いてあったので、皆は喜んだが、祝ってやりたい本人がいないのでどうしようもない。
やっと二人が帰って来たのは、秋も深まり地面が枯葉に覆われた頃だった。
皆に囲まれ口々に祝いの言葉をかけられたルモンは照れくさそうにしている。
夕食の席で今までキリルの城で何をしていたのかと尋ねたモルガドにガブリエルは答えた。
「見合いをしていた」
「えっ、ルモンがですか?」
「いや、俺だ」
「相手はどこのどなたで?」
「マギュスの城主の娘だ」
「ほぉー、それは良縁ですね。どんな方でした?」
ドグメールが聞いた。
「噂に違わず絶世の美女だったぞ」
「それでご結婚なさるのですか?」
パバーンが恐る恐る尋ねる。
「多分そうなるだろう。近いうちにワルローズを訪問したいと言っていた」
メルグウェンは皆が自分の方を見たような気がした。
私は変な顔をしているのだろうか?
皆の前で絶対に泣いたりするものか。
強張った顔に努力して微笑みを浮かべると、メルグウェンは食事が終わるのを静かに待った。
その後どうやって自分の部屋まで帰りついたのか分からない。
メルグウェンは扉を閉めるとフラフラとベッドに近寄った。
ガブリエルを好きになってしまったと気付いてからずっと恐れていたこと。
それが、とうとう本当になってしまった。
不思議なことに涙は出なかった。
しかし胸が締め付けるように痛く苦しく、ベッド脇に跪いたメルグウェンは歯を食い縛って呻き声を耐えた。
ガブリエルの言った絶世の美女という言葉が消しても消しても頭に浮かび、それからメルグウェンは眠れない夜を過ごすことになった。
やがてマギュスから使いの者が来て、ダレルカ姫がその母親と収穫感謝祭にワルローズを訪問することを告げた。
城中が祭りの準備でおおわらわの中、メルグウェンは殆どの時間を自分の部屋で過ごしていた。
刺繍や縫い物には触れる気になれず、ラウドを弾く気にもなれなかった。
毎日寒くても窓辺に座りじっと海を眺めていた。
この部屋もいずれは奥方に譲らなくてはなるまい。
仲良くしている二人を見るのに私は耐えられるのだろうか?
どこかに行ってしまいたい。
でもいくら遠くに離れても、この思いは私の胸の中から消えてなくならないだろう。
この苦しみが消え去るまでどのくらいかかるのだろうか?
日に日にやつれていくメルグウェンを見てアナは心配した。
アナから話を聞いたガブリエルは、自分が結婚したらメルグウェンを城から追い出すと心配しているのかと思った。
ガブリエルに言われたようにアナはメルグウェンに、この城でのメルグウェンの立場は奥方が来ても変わらぬことを伝えた。
しかしメルグウェンは頷いただけで何も言わず、いっこうに元気にならなかった。
何か別の事情があるのではないかと思ったアナは、メルグウェンと仲のいいヌエラやルモンに相談した。
ヌエラはさあと当惑した顔をしたが、ルモンは溜息をついて言った。
「メルグウェン姫をお気の毒に思いますよ。でも我々ができることは、側で見守ってあげることしかないと思います」
アナは何が気の毒なのか問い詰めたのだが、ルモンは首を振って答えようとしなかった。