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メルグウェン姫と騎士ガブリエルの物語  作者: 海乃野瑠
第10章 - パドリック
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10-7

朝晩は空気を冷たく感じるようになった頃、とうとう吟遊詩人のグイルへルムが城にやって来た。


メルグウェンが小姓の格好をし始めてから既に1ヵ月が経とうとしていた。


以前と違って胸を隠すために布を巻かなければならなかったが、全体的にほっそりとしたメルグウェンは、髪を隠して男の服を着ると可愛い男の子に見えた。


メルグウェンは他の小姓やパドリックと結構楽しい時間を過ごしていたが、ヌエラは馴れない服を着て部屋に篭り、次から次へとアナが持ち込む針仕事をするのにいい加減厭きていた。


しかし自分の崇拝する姫様のため、城主様から頼まれた大切な仕事だと思って、欠伸を噛み殺し傷む首筋を揉みながら、今日も裁縫に励んでいた。


部屋に入って来たアナが言った。


「とうとう初舞台ですよ」


ヌエラは不安そうな顔をして縫い物を取り落とした。


拾おうとする手がブルブルと震えている。


「そんな顔をしないの。これから貴方は姫様なのだから」


「間違ったらどうしましょう?」


「何も言わないでただ座っていれば良いのですから。もし誰かに何か聞かれたら話さないで、ガブリエル様か私の顔を見るのですよ」


「はい」


アナに着替えと化粧を手伝ってもらいながらヌエラが溜息をついた。


「姫様になるのは本当に大変です。私は台所のヌエラで良かったわ」


「ちゃんと言われたとおりにするのよ。今夜の貴方に姫様の生涯がかかっているのですからね」


「はい」




メルグウェンの部屋でそのような会話が交わされていた頃、居間に通されたグイルへルムはガブリエル、セズニとルモンを相手に春から旅した各地の話をしているところだった。


ケルヴェランのグイルへルムは、不思議な男だった。


彼の生い立ちは謎に包まれていたが、噂によるとある裕福な商人の息子だということだった。


ケルヴェランの城主に10数年仕え、その評判を聞いたジュディカエル王の宮廷にも招かれたが、城主の死後流離の旅に出て、そのまま旅を続けているそうだ。


このように雑談している時は、少しばかりくたびれた中年の男に見えた。


色褪せた長い髪、深い皺が刻まれ日焼けした顔に澄んだ緑の瞳が対照的だった。


しかし、いったん彼が膝に置いたザラベーテを奏でながら深い渋みのある声で歌い始めると、その顔には生気が溢れ、まるで少年のように若々しく見えた。


豪華な夕食の後、皆は広間に集まり吟遊詩人の唄を聞いた。


万が一を考えてメルグウェンは給仕には出なかったのだが、今は広間の扉の脇に他の小姓達と立って聞いていた。


初めは歌詞よりも音楽を聞いていたのだが、知らぬうちに物語に引き込まれ息を潜めて聞き入っていた。


まるで自分が唄の中の3人の騎士達と一緒に湖のほとりを馬に乗って進んでいるような気がしてきた。


5月の空は青く高く澄んでおり、時折心地よい風が吹き抜けていく。


さざなみの上には木の枝が風に揺れ、その上には鶯がとまり良い声で鳴いている。


騎士達が木陰で休んでいると、3人の乙女が水浴びにやって来る。


はしゃいで水をかけ合う娘達。


水に靡く長い長い髪。


水の中でキラキラ光る蛇の鱗。


メルグウェンは水音が聞こえるような気がした。




………………




グイルへルムが歌い終わり、暫しの間、沈黙があった。


皆はまるで今夢から覚めたように顔を見合わせ、やがてワッとばかりに歓声と拍手が轟いた。


その後グイルへルムは今回の旅で新しく書いた詩を何曲か歌い、最後に皆が知っている魔術師ミルディンの唄を演奏した。


メルグウェンは吟遊詩人に聞き惚れている人々を見回した。


ルモンが紅潮した顔で両手を握り締めながら聞いているのを見て、メルグウェンは思った。


もしかしたらグイルへルム殿について行きたくなってしまうのではないかしら?


夢を諦めるのは簡単なことではないだろう。


特にその夢がこのように手の届く所にあれば。


パドリックの手を引き寝室に連れて行きながらメルグウェンは思った。


ルモンがいなくなったらとても悲しいけれど、でもやっぱり私は彼のことを応援するだろう。


ルモンは素晴らしい才能を持っているもの。


グイルへルム殿のようにそれが開花せずに埋もれてしまうのはあまりにも勿体無い。


もう半分眠っているパドリックの服を脱がせ、ベッドに寝かせる。


メルグウェンも服を脱ぎ、灯りを吹き消してパドリックの隣に横になると、もう眠っていると思ったパドリックが言った。


「貴方の姿を変える方法を探すの止めたよ」


「あら、どうして?」


「そのままが一番いいから」


そう言うとパドリックは今度は本当に眠ってしまったようで、スースーと寝息を立て始めた。


本当にこの子はどこまで叔父に似ているのだろう?


暗闇の中でメルグウェンは微笑んだ。


この子のことは素直に大好きだと言えるのに…


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