10-6
翌日からメルグウェンはカドーやマロ達と行動を共にした。
その他に以前からワルローズにいたルリーとブランもいる。
この二人はカドー達よりも少し年上だった。
それから見習いのパドリックも一緒である。
直ぐに分かったのは小姓達は誰かが厳しく目を光らせていなければいけないということだった。
ガブリエルの前の城にいた頃はカドーとマロは決して怠け者ではなかったのだが、ワルローズに来てから騎士達が忙しかったのもあって怠け癖がついてしまっていた。
それにルリー達の影響もあったのだろう。
ルリーとブランは小姓の格好をしているメルグウェンが姫だと分かっている筈なのに、まるで新しく入った男の子に対するように接した。
メルグウェンは彼らの一日の主な時間は、何をする時でもわざと娼婦の住んでいる小屋の前を通り、小屋の中を覗くことであることに気付くと激しく怒った。
その上、とんでもないことに娼婦達の肢体を眺めるだけでは飽き足らず、小屋に通う男達の性的能力を計って賭けをしていたのである。
それもパドリックを連れてである。
パドリックは見つからないように道を見張っていただけのようだが。
メルグウェンは口答えをしたルリーに平手打ちを食らわし、これから必要な場合以外は小屋の前を通らぬことを4人に誓わせた。
メルグウェンは4人の時間割を修道院並みに細かく作った。
初めの仕事は手入れを怠っていたためすっかり錆付いてしまった騎士達の鎖帷子の錆をおとすことだった。
大きな樽に砂と武具を入れ地面を転がすだけの単純な仕事だ。
しかし樽はとても重く、かなりの重労働だった。
メルグウェンは4つの樽を転がす小姓達を厳しく見張り、少しでも怠ける者がいると細い木の枝で尻を打った。
パドリックは皆を手伝うと言って、小さな足を踏ん張って小姓達と一緒に樽を押した。
武術の稽古の時間も延ばした。
コンワールとモルガドを手伝って、メルグウェンも剣術や乗馬など自分ができることには手を貸した。
その他に自分が鷹匠のティリオウの所に行く時は小姓達を連れて行き、猛禽類の扱い方を教えてもらうようにした。
生徒が急に増えたティリオウは喜んだ。
最近さぼりがちだった読み書きや計算の勉強もきちんとするようにした。
その他の小姓の仕事、騎士達の身の回りの世話や食事の給仕などを含むと、4人の小姓達は余計なことを考えている暇もなくなったのであった。
パドリックはメルグウェンに夢中だった。
この魔法にかけられたお姫様は隼を手懐けているだけではなく、なんと馬に乗ったまま矢を射ることもできれば、モルガドやコンワールに負けないくらい剣が使えたのだ。
その上メルグウェンは、辛抱強くパドリックの話を聞いてやった。
自分の家族の住んでいる城のことや、母や妹のことを一生懸命語るパドリックを不憫に思っていたのだ。
まだ母親に甘えたい年頃だろうに。
ある日の午後メルグウェンは、一人前の小姓になったつもりで働き、疲れ果てて食事もせずに眠ってしまったパドリックの側に腰を下ろした。
秋の日差しはまだ暖かく、これから長く暗い冬が来るとは到底思えない。
メルグウェンはパドリックの額にかかる金色の巻き毛を撫でた。
この子は本当にいい子だ。
時々とんでもない突飛なことを考え付くけど、悪戯をしようとしている訳ではなく、聞けばちゃんとした理由があるのだ。
自分が子供の頃にリグワル達とやっていた悪戯はもっとたちが悪かった。
最初はパドリックが何かをしでかす度に腹を立てていたメルグウェンだったが、今では叱ることはまれだった。
鎖帷子をきれいにする樽の中にブナの灰と蓬とラベンダーを水で溶いたものを入れたのも、下女達が汚れた衣類をきれいにするにはこれが一番だと言っているのを聞いたからだった。
メルグウェンは辛抱強くパドリックに布と金属は違うこと、金属をきれいに保つ為には水気があってはならないことを説明した。
パドリックが牛の胃袋で作った袋をいつも持ち歩き、時々尻に当てていたことがあった。
何をしているのかと尋ねたところ、パドリックは大真面目に答えたのだった。
ブランが屁は火薬みたいに爆発すると教えてくれたので、戦になった時の為に毎日溜めているのだと。
そしたら叔父上は火薬を節約できるでしょと得意げに話すパドリックに、メルグウェンはそんなことはブランの出鱈目だと真面目な顔をして説明するのに骨が折れた。
メルグウェンはガブリエルに良く似ているこの子供の世話をするのが楽しかった。
パドリックの青みがかった大きな灰色の瞳が感嘆するように自分を見ると、まるでガブリエルに褒められているように思えるのだった。
「おやすみなさい」
メルグウェンはそっとパドリックの額に口付けると部屋を後にした。