10-5
町に使いに行っていたルモンが初めに噂を聞いてきた。
有名な吟遊詩人のグイルへルムがギドゴアール地方を旅しているらしい。
あと数日すればワルローズに着くだろうという話であった。
ルモンは尊敬しているケルヴェランのグイルへルムに会えると興奮している。
話を聞いたガブリエルは直ちにメルグウェンを書斎に呼んだ。
何事かとメルグウェンが危惧しながら入って行くと、何故か部屋には台所で働いているヌエラがいた。
「吟遊詩人のグイルへルムが近々俺達の城に来るらしい。俺としては手厚くもてなしたいと思っている」
「はい」
「だが吟遊詩人は旅の間に目にしたことを詩にして歌う。ワルローズの城で会ったこの地方では珍しい黒目黒髪の姫がなんたらかんたら…とでも歌われてみろ、おまえの居場所などすぐに国中に知れ渡ってしまうぞ」
メルグウェンは不安げな面持ちでガブリエルを見つめる。
「これから一ヶ月間おまえには小姓の格好をしてもらう」
「小姓の仕事もしなければならないのですか?」
「小姓の姿をして仕事をしなければ怪しまれるではないか」
またこの男にこき使われるのか。
メルグウェンはうんざりした。
「そしておまえの代わりは明日からヌエラに勤めてもらう」
目を丸くして二人を見ているメルグウェンにヌエラは慌てて言った。
「そのような恐れ多いことはできませんと言ったのですけど、城主様が…」
「ワルローズに姫はいなかったと言われるより、金色の髪の美しい姫がと歌われた方が敵の目が欺けるだろ?」
ヌエラはとてもいい子で確かに可愛い。
可愛いけど…
パドリックに偽の姫だと言われたことを思い出し、メルグウェンは悲しくなった。
私よりもヌエラの方が本当のお姫様みたいなのだろう。
私は醜くて小姓の姿が丁度いいという訳ね。
考え込んでいたメルグウェンは、お辞儀をしてヌエラが部屋を出て行ったことにも気付かなかった。
「おい、大丈夫か?」
急に声をかけられビクッとする。
ガブリエルが目の前に来て心配そうに見下ろしていた。
「絶対に家に帰さないようにするから心配するな」
メルグウェンはガブリエルの顔を見上げた。
「…はい」
ガブリエルがニヤッと笑って言った。
「嫌がるおまえを無理矢理に俺と結婚させたりしないから安心しろ。相手を選ばせてやる」
メルグウェンはゆるゆると首を振った。
「…私って」
「ん?」
「私って、…そんなに醜い?」
そんな質問をされると思っていなかったガブリエルは言葉に詰まった。
だがメルグウェンが悲しそうに目を伏せるのを見て慌てて言った。
「アナは随分とおまえの容貌を褒めているぞ」
「……」
「それにメリアデック殿をあそこまで虜にしたのだから、醜い訳がないだろうが」
「…貴方は?」
「俺が何だ?」
「貴方は結婚なさらないの?」
「まだしたくないのだが、そろそろ親が煩くなってきている」
「相手の方は?」
「さあ、親が誰か探してくるだろ」
「そう」
「そんなことより、明日からちゃんと働けよ」
メルグウェンはムッとした。
絶対にこの男は私をこき使うことに喜びを感じている。