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それに不幸になるとは限らない。
メリアデック様の奥方になったらとても大事にしてくれるだろう。
だけど別の男を好きな私がメリアデック様を幸せにできるのだろうか?
物思いに沈んでしまったメルグウェンをじっと見ていたメリアデックが言った。
「メルグウェン姫の心には」
「え?」
「既に誰かいるのですね?」
不意打ちを食らったメルグウェンはうろたえた。
逃げ出そうとしたメルグウェンの手をメリアデックが捕らえた。
「その幸運な人は誰です?貴方を幸せにできる男ですか?!」
「メリアデック殿、その手を離して頂きたい」
二人は同時に振り返った。
ガブリエルが木の陰から姿を現した。
メルグウェンの顔に浮かんだ安堵の色をメリアデックは見逃さなかった。
安堵だけではない、そこには僅かだが恥じらいや喜びも見られたのだ。
では姫は城主殿に惚れているのか。
自分よりも年上で、自信に溢れ、家族にも家来にも慕われている、男の自分でも惚れ惚れするようなこの男に。
メリアデックは生まれて初めて身を焼くような嫉妬の苦しみを味わった。
子供の頃から周りの皆にちやほやされ、大事に育てられた所為もあり、メリアデックは今まで他の誰かを羨ましいと思ったことがなかった。
そのためメリアデックはこの瞬間に自分が感じた感情の強さ、ガブリエルに対して憎しみさえ感じたことに戸惑った。
「既に私からお断りした筈だ」
ガブリエルはメリアデックをじっと見ながらメルグウェンを背後に守るように立った。
「メルグウェン姫、ご無礼をお許しください」
メリアデックはメルグウェンに向って頭を下げると、その場を離れながらガブリエルに固い口調で言った。
「貴方は自分がどれだけ幸運なのか分かっていない!」
後に残されたガブリエルとメルグウェンは顔を見合わせた。
「何だあれは。意味分かったか?」
「…いいえ」
「無理に愛想良くすることはないぞ」
「していません。でもメリアデック様には幸せになってもらいたいのです」
「あの男と結婚する気がないなら、変に気を持たせるような態度を取るな」
「そんな態度取っていません。ただ私はメリアデック様の辛い気持ちが分かるから」
「モルガドはおまえと結婚してもいいと言っていたぞ」
メルグウェンが眉を寄せる。
「何故そこにモルガド殿の名前が出てくるのです?」
ガブリエルは横を向いて呟いた。
「やっぱり違うじゃないか。アナの奴、もうボケたのか?」
メルグウェンが自分をじっと見ているのに気付いたガブリエルは言った。
「まあいい。皆の所に戻るぞ。それはそうとパドリックと仲良くなったようだな?」
狩にばかり夢中になっている様で、ちゃんと自分達のことを見ていてくれたと思いメルグウェンは嬉しそうな顔をする。
「最初は貴方によく似て、躾のなっていない無作法な子供だと思ったけど、結構可愛いところがあるわ」
「俺は躾がなっていなくて無作法か?」
「ええ」
即答したメルグウェンにガブリエルは笑い声を立てた。
しかしその後、真面目な顔をして言った。
「俺の大切な甥だ。宜しく頼む」
「はい」
メルグウェンは返事をしながら、胸の中が暖かくなった。
この男は人をとても大事にする。
私のことも大事にしてくれていると思うのは自惚れだろうか?
皆の方に歩いて行くガブリエルの後姿を見送りながらメルグウェンは思った。
この男に恋人として愛される女性はなんと幸せなのだろう。