10-2
ある夏の朝、メルグウェンは侍女達と一緒に客間を整えていた。
客人が手を清められるようにきれいな水を準備し、暖炉の上に庭の花を飾る。
ガブリエルの兄のジョスリンが息子のパドリックを連れて来ることになっていたのだ。
パドリックはこれからこの城でガブリエルの小姓となる。
小姓と言っても幼い子供のことだ。
数年はカドーやマロの手伝いをすることになるだろう。
メルグウェンはパドリックに会うのがとても楽しみだった。
アナの話によるとパドリックは、子供の頃のガブリエルに瓜二つらしい。
ルモンは彼のことを大変な悪戯っ子でキリルの城では皆困っているようなことを言っていた。
ガブリエルには、おまえとは気が合うだろうから面倒見てやってくれと頼まれている。
子供の頃は父親の城を抜け出して、城下町の腕白坊主達と町を駆けずり回っていたメルグウェンだ。
悪戯っ子と聞いても少しも恐れていなかった。
昼食の後、自分の部屋で針仕事をしていたメルグウェンは角笛の音に部屋を飛び出した。
一行が到着したのだ。
メルグウェンが広間に下りると、丁度ガブリエルが騎士達にパドリックを紹介しているところだった。
ジョスリンの隣には彼の背丈の半分くらいしかない男の子が立っている。
これから大好きな叔父とその騎士達と暮らすことに興奮して、丸い頬を紅潮させ大きな目を輝かせている。
まあ、本当にあの男にそっくりね。
メルグウェンはパドリックの嬉しそうな顔を見て微笑んだ。
メルグウェンに気付いたジョスリンが側に来る。
「メルグウェン姫、紹介します。息子のパドリックです」
「初めまして、パドリック殿」
「パドリック、こちらがこれからお世話になるメルグウェン姫だ」
「こんにちは」
パドリックははっきりとした声で挨拶すると、メルグウェンをじろじろと見た。
それから父親の方を向いて言った。
「父上は叔父上の城にはお姫様がいると言ったけど、この人は偽者だよね」
「パドリック!!」
「本当のお姫様は金髪で目が青くて綺麗な白い顔をしているよ。こんな醜い顔をしている筈ないよ」
最初の日ほどではなかったが、メルグウェンの頬にはまだ完全に癒えていない傷を隠すように練り薬が塗ってあったのだ。
ジョスリンはパドリックを叱りつけ、メルグウェンに謝ったが、側にいたガブリエルは笑いを堪えられぬ様子だ。
メルグウェンは怒りで顔が熱くなった。
醜いなどと言われたのは生まれて初めてだった。
本当に叔父そっくりだわ、この失礼な子供は。
パドリックと何故かガブリエルにも腹を立てながらメルグウェンは思った。
見てなさい。
剣術の稽古で二度と私に生意気な口を利けぬ様にきっちりと躾けてやるわ。
翌日はジョスリンに敬意を表して狩猟が予定されていた。
ガブリエルは春から会っていないメリアデックも招待していた。
メルグウェンはそれを知って戸惑ったが、以前と変わらず友人として歓迎しようと決めた。
メリアデックが尋ねて来なくなってから、一人で寂しい思いをしているのではないかと心配していたのだ。
昼前にワルローズに着いたメリアデックは、日に焼けた顔をして元気そうだった。
メルグウェンの顔を見て一瞬ギョッとしたようだが、すぐに落ち着きを取り戻し慇懃な挨拶をした。
メルグウェンも丁寧に挨拶を返すと、ジョスリン達が近づいて来るのを見てホッとしてその場を離れた。
何もなかったように振舞うのは難しいとメルグウェンは思った。
自分が何を言っても嫌味に取られてしまうような気がした。
仕方がないわ。
私はメリアデック様のことをそういう風には好きになれないのだもの。
でも元気そうで良かったわ。
軽い昼食の後、狩に行く準備を整えた者達は森に出かけた。
メルグウェンは怒っていた。
城を出る前にガブリエルに言われたのだ。
「パドリックが流れ矢にでも当たったら面倒だ。うろちょろしないようにしっかり見ていろよ」
メルグウェンは文句を言おうとしたのだが、ガブリエルは言いたいことだけ言うと行ってしまった。
私はあの生意気な子に嫌われているのよ。
面倒なんか見れないわよ。
パドリックはまだ一人では馬に乗れないため、誰かが一緒に乗せてやるか、歩かせるかのどちらかである。
本人は犬達と駆け回りたいようだが、危なくて仕方がない。
溜息をついたメルグウェンは馬を下りると、狩猟係の持っている槍を自分が持つと言ってきかないパドリックの側に行った。