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メルグウェン姫と騎士ガブリエルの物語  作者: 海乃野瑠
第10章 - パドリック
68/136

10-1

夏至、それは一年で最も昼間の長く、夜の短い日である。


太陽が一番空高く輝く日の前夜にその祭りは行われた。


町や村の広場には、何日もかかって準備された大きな焚き火が焚かれる。


人々は音楽に合わせて火の周りを踊る。


勇敢な若者達は燃え上がる炎を飛び越える競争をした。


そしてその翌日、人々は焚き火の灰を掬って畑に撒くのであった。


そうすると魔法の籠もった灰が肥料となって、麦は夏の間すくすくと育つと信じられていたのだ。


城では中庭に火が焚かれ、ルモンの他に楽器の弾ける何人かがこの地方に伝わる踊りの曲を奏でた。


メルグウェンも皆と一緒にラウドを演奏した。


小姓のカドーとマロは競い合って焚き火を飛び越えたが、晴れ着を焦がした上に火傷を負い、騎士達に散々からかわれていた。




夏至の夜明けに摘まれた薬草は特別な効果があると信じられている。


迷信をあまり信じていないガブリエルも、この日は何故か魔女の秘薬に使う草を摘みに出ることにした。


主塔を出たガブリエルは、火を吹き消した燭台を階段に置くと、空を見上げた。


辺りはまだ薄暗く空には白っぽい三日月が浮かんでいる。


眠気を覚ますように、ひんやりとした空気を胸いっぱいに吸い込んだガブリエルは、城を出て庭に向った。


必要な薬草が生えている場所はあらかじめ調べてある。


薬草庭園の入り口で、ふと何かの気配を感じたガブリエルは立ち止まり、剣の柄に手をやり神経を研ぎ澄ました。


薄闇の中に白い影がふわりふわりと動いて行く。


ガブリエルがじっと見ていると、その影は地面に屈みこみ何かを拾っている。


薬草を摘んでいるのか?


足音を忍ばせ近づいたガブリエルは、誰だと問いかけようとした口をまた閉じた。


手に布を巻きつけ、花を摘んでいるその白い影はメルグウェンだったのだ。


白い服を身に纏い、いつもは結い上げるか項で纏めている黒い髪をほどいて長く垂らしたメルグウェンは精霊のように見えた。


野薔薇に白爪草、セージに熊葛にヘンルーダと、木の陰に立ったガブリエルは幼い頃アナに教えられた花の名前を呟いた。


いや、あれはアナがスクラエラに教えていたのを側で聞いていた俺も覚えてしまったのだった。


夏至の明け方、直接花に触れず一言も口を利かずに摘んだ花には魔法が籠もっている。


乙女がその花で花束を作り枕の下に忍ばせれば、その夜の夢に未来の夫が現れると言う。


子供の頃もそんな馬鹿なことはある訳ないと思ったが、あいつはそんな迷信を信じているのか?


メルグウェンはガブリエルに気付かずに摘んだ花を布で包むと庭を出て行った。


薬草を摘んで籠に入れながらガブリエルは思った。


誰か好きな男でもいるのだろうか?


爽やかな薬草の匂いが辺りに漂う。


ルモンでもメリアデックでもない誰か別の男が。




数日後、メルグウェンは剣術の稽古の後に台所を訪れていた。


台所で働いているヌエラが、最近鼠が出るので、農家から貰ってきた猫を飼うことにしたと教えたためだ。


動物好きなメルグウェンは、さっそくその猫を見たがった。


しかし猫は人見知りをして棚の下に潜り込んでしまった。


メルグウェンは猫を誘い出そうと鳴き声を真似ながら屈みこみ棚の下に手を差し出した。


すると驚いた猫はフーッという唸り声と共に飛び掛り、メルグウェンの顔を引っ掻いた。


姫が頬から血を流しているのを見た料理長は、その悪魔の乗り移った猫を始末するように下男達に命じた。


ヌエラは顔を真っ青にして侍女を呼びに走った。


「駄目よ。その猫を殺さないで!!」


頬を手で押さえながら立ち上がったメルグウェンが叫んだ。


手に手に調理器具を持って猫を追いかけていた男達が立ち止まる。


「私が悪かったの。私のことをまだ知らないのに触ろうとしたから」


アナが血相を変えて台所に飛び込んで来たが、メルグウェンは料理長が猫を殺さないと約束するまでその場を離れようとしなかった。


「綺麗なお顔にこんな傷などつけてしまって」


傷口を洗い清め、薬を塗りながらアナが言った。


「傷跡が残ったらどうしましょう?」


「誰も私のことをお嫁にしたくなくなるわよね?」


笑いながらそう言ったメルグウェンをアナは慌てて遮った。


「そんなことはございません。この薬はとてもよく効きますもの、絶対に治りますわ」




そんな訳で夕方食事に下りていったメルグウェンは、顔の左半分に茶色い練り薬を塗りたくっていた。


「どうなさったんですか?」


扉の近くにいた騎士のモルガドが驚いてメルグウェンに尋ねた。


「ちょっと猫に引っかかれてしまって」


笑いながら答えたメルグウェンを見ながら、モルガドは感心しないという風に頭を振った。


「この城に猫なんていましたっけ?」


「台所で飼っている猫なの。ヌエラが教えてくれて見に行ったの」


「城主殿に知られたら、猫もヌエラも追い出されてしまいますよ」


「そんなこと絶対にさせないわ。私がちょっかい出したのが悪いのですもの」


そしてメルグウェンは聞かれる前にガブリエルの側に行き、いつもの素っ気無い口調で自分が悪くて猫に引っかかれたことを話し、怪我は大したことないので絶対に猫やヌエラに罰を与えないでくれと頼んだ。


アナとヌエラから既に話を聞いていたガブリエルは、顔半分が塗り薬で化け物の様になっているメルグウェンを見て噴出しそうになったが黙って頷いた。


その日の午後、書斎に駆け込んで来て床に身を投げ出し、泣きながら許しを請うアナとヌエラを見てガブリエルは大層驚いたのだった。


しかし、話を聞いてみるとメルグウェンの傷も大したことがなさそうなので、咎めずに許した。


もし顔の傷が原因で嫁に行けなくなると言うなら、俺が貰ってやってもいい。


あいつは絶対に嫌がるだろうけどな。


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