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ガブリエルがメルグウェンの答えを伝えたと見え、それからメリアデックの訪問は途絶えた。
メルグウェンは寂しかったが、彼と結婚したいとは思えないので仕方がない。
メリアデックの申し込みをメルグウェンが断ったことを知って、アナはとても残念がった。
「だけどメルグウェン様、あれほど素晴らしい方はこの世の中には滅多におりませんよ」
「そうでしょうね」
「お家柄も申し分ないし、あのように美男子で礼儀正しくて優しい方なのにどこがお気に召されないのでしょう?」
「私には勿体無いくらい素晴らしい方だわ。でも私は彼の奥方になるつもりはないの」
「あまり選り好みをなさっていると行き遅れてしまいますよ」
「そしたら、ここのお城の小姓になるわ」
「メルグウェン様!!」
メリアデックはメルグウェンの侍女を味方につける努力を怠らなかった所為で、この孤独で若く美しい城主はアナのお気に入りだったのだ。
アナは次の機会を待つ間、結婚の準備をすることを決めたようで、メルグウェンに次々と手仕事を与えた。
いつの間にか野薔薇の季節となり、すぐそこに夏が迫っていた。
最初は渋々ながら裁縫道具を出していたメルグウェンだったが、そのうち敷布や枕カバーに刺繍をするのが楽しみになっていた。
庭に咲き乱れる花をパターンにすることにしたのだ。
炭で描いた菫、鈴蘭、水仙、雛菊等を布と同じ色の糸で敷布の縁に刺繍していく。
そう言えば父親の城で自分が作っていた花嫁道具はどうなってしまったのだろうとメルグウェンは思った。
あの頃は自分の許婚の顔も知らず、どんな人だろうと想像しながら針を運んだのだった。
今私が白い野薔薇を刺繍しているこの敷布は決して使われることはないだろう。
だけど、もし…
針を宙に浮かしたままボンヤリしているメルグウェンを見て、アナは大袈裟な溜息をついた。
メルグウェン様は最近夢見てばかりいるようだ。
お支度も全然捗らない。
まあそんな急ぐこともないのだけど。
あのお気の毒な城主様のような方が早く姫に申し込んでくださると良いのだけど。
それにしても何故あんな良い縁談を断ってしまったのだろう?
二人はとても仲が良さそうだったのに。
それとも姫は別に誰か意中の方がいるのかしら?
アナは刺繍の上に屈みこんで頬を染め、唇に薄っすらと微笑みを浮かべているメルグウェンを見て頷いた。
これは確かに恋している乙女の顔だわ。
相手が誰なのかさっそく探らなくては。
その日からアナは広間でのメルグウェンのことを注意して見ていた。
騎士達と仲良さげに話しているメルグウェン。
小姓達とふざけて笑い合っているメルグウェン。
ガブリエルに不機嫌な態度を取るメルグウェン。
アナは溜息をついた。
あの二人は何故あんなに仲が悪いのだろう?
一緒に暮らすようになって、もう何度も思ったこと。
姫はガブリエル様が随分とお嫌いのようだ。
でもあれはガブリエル様が悪いのだ。
スクラエラ様にしていたようにからかってばかりなさるから。
本当にどうしようもない城主様だこと。
ある日の午後、廊下を歩いていたアナは、窓から中庭を眺めているメルグウェンを見かけた。
窓枠の影に姿を隠しつつ物悲しげな瞳で何かをじっと見つめている。
長くて濃い睫が柔らかそうな頬に影を作っている。
メルグウェン様は大層お美しい。
この春から随分と女らしくなられたとアナは思った。
アナはそっとメルグウェンに近づき、窓から下を覗いた。
アナの気配に気付いたメルグウェンがビクッとして振り向く。
「あら、あれは」
メルグウェンは頬を染め、何も言わずに窓際を離れた。
それでは、メルグウェン様はあの方を…
アナはメルグウェンが閉め忘れた扉を見つめながら考え込んでいた。