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メルグウェンはのろのろと階段を上がっていた。
あの嵐の日からガブリエルを変に意識する様になってしまった。
顔が見たくて声が聞きたくて、朝から城の中をガブリエルの姿を求めて彷徨っているのに、本人を前にすると何故か逃げ出したくなってしまう。
近くにいると何故か胸がドキドキして顔が火照ってしまうのだ。
ガブリエルのことを思うとメリアデックに借りた本を読んだ時のように胸が苦しくなるのだ。
随分ゆっくり歩いたつもりだったが、もう書斎の扉の前まで来てしまった。
メルグウェンは深呼吸をすると息を止めて扉を叩いた。
緊張した面持ちで部屋に入ると、机に寄りかかっていたガブリエルがその様子を見て笑った。
「今日は逃げるなよ」
それから真面目な顔になって言った。
「大事な話がある」
ガブリエルから父親の話を聞かされたメルグウェンは顔を曇らせた。
家に連れ戻されてしまうのだろうか?
もう次は絶対に逃げ出せないだろう。
「そんな顔をするな。おまえを家に帰すつもりはない」
「でも」
ガブリエルは家に帰らないようにするためには、別の誰かと結婚してしまうしかないと説明する。
「おまえが嫌っているその年老いた城主の代わりに若い夫を選ばせてやる」
不安そうな顔をしたメルグウェンにガブリエルは言った。
「メリアデック殿がおまえを妻にと望まれている」
「メリアデック様が?」
メルグウェンは目を丸くする。
「俺はおまえの考えを聞くまで待って欲しいと答えた」
メリアデック様が私のことを?
今までそんな素振りを見せたことないのに?
友達だと思っていたメリアデックに裏切られたような気がする。
「メリアデック様のことは好きだけど、結婚したいとは思っていません」
「そうなのか?」
「ええ」
「ではこの話は断っても良いのだな?」
「はい」
ガブリエルは自分もこの結婚に賛成していなかったことは言うつもりはないらしい。
「ルモンはこの秋に騎士となるだろう」
ガブリエルの声でメルグウェンは我に返った。
「そうしたら結婚させてやっても良い」
「誰と?」
「おまえと」
この男は何を言っているのだろう?
メルグウェンは混乱してきた。
「どうして私がルモンと」
「二人は好き合っているのではないのか?」
「私はルモンを家族のように大切に思っているけど、結婚相手として考えたことはないわ。ルモンだってそんなこと考えていないと思うわ」
心底驚いている風なメルグウェンを見てガブリエルは溜息をついた。
では自分の思い違いだったのか?
「二人共嫌だと言うなら仕方がない。万が一追っ手にここが見つかった時には、俺がおまえを貰ってやる」
そう言ったガブリエルをメルグウェンは睨みつけた。
怒りで顔がカッと熱くなる。
メルグウェンはブルブルと震える拳を握り締めて叫んだ。
「お断りします!!貴方と結婚するくらいならネヴェンテルと結婚した方が千倍もましだわ!!!」
そして呆気にとられているガブリエルを残して部屋を走り去った。
自分の部屋の鍵をかけ、ベッドに身を投げ出してメルグウェンは枕に顔を埋めた。
ガブリエルに対する自分の気持ちがはっきりと分かってしまった。
私はあの男のことを好きになってしまったのだ。
メルグウェンはメリアデックの本の一節を思い出した。
「貴方の側で貴方を初めて見た時から、私の心はあまりにも動揺し、私が去っても尚貴方の手の中に残った。
そして私の心は代償もなく甘美な牢獄に閉じ込められた。牢獄の柱は欲望、扉は美しい眼差し、鎖は期待でできていた」
いつからだろう?
嵐の日から意識し始めたのだが、考えるとそれよりもずっと前からそういう気持ちが自分の中にあったように思われる。
それなのに別な男との結婚を勧めた挙句、どちらも嫌だったら仕方ないから俺が貰ってやるですって?!
あの男と結婚など絶対にするものか。
メルグウェンは泣きながら思った。
絶対にあの男に私の気持ちを気付かせてはならない。
哀れまれるのはまっぴらごめんだった。