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それから春までの間、クエノンとは頻繁に交流が続き、メリアデックはワルローズ城の住人と友好を深めた。
メルグウェンが部屋に入って来るとメリアデックは目に見えて快活になるため、彼がメルグウェンに思慕を抱いていることは誰の目にも明らかだった。
メルグウェンもこの真面目で礼儀正しい青年に好意を感じていた。
メリアデックは彼女に自分の城の図書室から持って来た本を貸した。
メリアデックの父親はギドゴアール地方に伝わる民話に非常に興味を持っていたようで、この地方に伝わる昔話や伝説、詩等を書き取らせ美しい挿絵をつけて立派な書物に仕上げていたのだ。
目を輝かせて喜ぶメルグウェンを見てメリアデックは嬉しかった。
その日もメルグウェンが借りていた本を返すと、メリアデックは聞いた。
「いかがでしたか、この詩集は?」
「とても美しいと思いました。でも読んでいると胸が苦しくなり泣いてしまいました」
「最後は2人が幸せになればよいと思いましたか?」
「はい」
表情豊かな大きな黒い瞳を見つめて、メリアデックは満足そうに微笑んだ。
それは非恋物語ばかりを集めた詩集だったのだ。
ある日、メルグウェンが剣術の稽古をしているのを知ったメリアデックは驚いて言った。
「私だったら貴方の美しい手に剣など持たせぬものを」
自分のことを心配してくれているのは分かったが、メルグウェンは思わず強い口調で答えていた。
「でも私は剣術が好きなのです」
「怪我でもなさったらどうするのです。私から城主殿に話します」
怒ったように言って部屋を出て行くメリアデックを目を丸くして見送ったメルグウェンは、ガブリエルが自分に妹の剣をくれた時のことを思い出して微笑んだ。
あの男は私が剣を使うのを一度も止めたことがない。
顔を合わすと私をからかってばかりいるけど、私のことをよく理解してくれていると思う。
側にいると私は自由だけど同時に守ってもらっているように感じるのだ。
メリアデックがノックもそこそこに書斎に入っていくと、ルモンと話していたガブリエルは驚いた顔をした。
「姫に剣を持たせるのを止めて頂きたい」
相手に口を開く暇を与えず、硬い表情で詰め寄るメリアデックにガブリエルは納得したような顔をする。
「喧嘩でも吹っかけられましたか?」
「そんな筈ないでしょう!!姫は淑やかな方です。何故あのような危険なことをさせているのですか?」
誰が淑やかだと思ったガブリエルだったが、それは口にせずメリアデックの次の言葉を待った。
メリアデックはガブリエルを真っ直ぐに見ると言った。
「私に姫をください」
ガブリエルは溜息をついた。
「彼女はまだ若い」
「常に側にいて守ってあげたいのです。結婚は1、2年後でも良いので、せめて婚約だけでもさせて欲しい」
「本人の考えを確認してからお答えする」
「私から姫に話してもいいでしょうか?」
「いや、私が聞きます。今日のところはこれでお引取り願いたい」
さて、どうするか?
最近メルグウェンの様子がおかしいとガブリエルは思った。
よく視線を感じて顔を上げると慌てた様に顔を背けるメルグウェンの姿があった。
自分が近づこうとすると何故か顔を赤くして逃げられる。
自分に話す時は顔を見ようともしない。
明らかに避けられている。
俺は何か怒らせるようなことをしたか?
いつもからかっているから、何があいつを怒らせたのか分かりゃしない。
それともメリアデックとの間に何かあったのだろうか?
俺に話すのは恥ずかしいからあんな態度を取っているのか?
まあいい、直接本人に聞けば分かることだ。
ガブリエルは召使に呼びに行かせたメルグウェンを書斎で待ちながら思った。
もしあいつがメリアデックと結婚したいと言ったら俺はどうするのだろうか?