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メルグウェンが部屋に入って行くと椅子に腰掛けていたメリアデックは微笑みながら立ち上がった。
挨拶を交わした後、メリアデックは昨日の嵐で自分がどんなにメルグウェンのことを心配したかを情熱的に語った。
「私はここで座っていただけですもの。何も危険な目に遭わなかったわ」
答えながらメルグウェンは自分が昨日どんなにガブリエルのことを心配したか思い出していた。
今朝はメルグウェンが起きる前にガブリエルは出かけてしまい、昼食時に帰って来なかったので、まだ顔を合わせていない。
城には戻っているようだが何をしているのだろう?
今朝はあの男が外出したと聞いてホッとしたのだけど、何故か顔を見たい気もする。
どうしてだろう?
メリアデックに何かを聞かれたメルグウェンは顔を上げた。
「ごめんなさい。聞いていませんでした」
素直に謝るメルグウェンにメリアデックは辛抱強く質問を繰り返す。
「苺はお好きですか?」
「はい」
「春になったら是非私の城にも来てください。苺が沢山採れる林が近くにあるのです」
「ええ。クエノン城も見てみたいわ。とても奇麗なお城なんですってね」
「祖父から受け継いだ城を父が母のために増築したのですよ。母は数年前に病で亡くなってしまいましたが」
「ご兄弟は?」
「弟がいたのですが、幼い頃にやはり病で死にました」
憂いに沈む美しい横顔を見てメルグウェンは同情した。
「それではお寂しいことでしょうね」
私はもう会えないかも知れないけれど両親も弟も生きている。
この世に誰も家族がいないのは、とても心細いのではないだろうか?
「そうですね。早く妻を娶って自分の家族を持ちたいですよ」
「メリアデック様なら喜んでお嫁に行く人が大勢いるでしょうに」
こんなに若くて美しい城主なら花嫁候補は選り取り見取りだろうとメルグウェンは思った。
城主となったら結婚して跡継ぎを作ることは絶対不可欠である。
自分の城を任せることができる奥方がいなくては戦にも行けないし、跡継ぎがいないまま死んでしまったら家名は滅び城も財産も全て他人の物になってしまう。
そう言えば何故あの男は結婚しないのだろうか?
もしかして、もう決まっている相手がいるのかしら?
「貴方は…」
「え?」
また相手の話を聞かずに物思いにふけっていたメルグウェンは、決まり悪そうにメリアデックを見た。
「ごめんなさい。何て仰ったのかしら?」
「いえ、何でもありません」
今日は姫は何故か始終ボンヤリしているとメリアデックは思った。
やはり嵐で恐い思いをしたのではないのか?
「お疲れの様なので、今日はこれで失礼します」
そう言って立ち上がったメリアデックをメルグウェンは引き止めた。
「城主殿を探してきますので少々お待ちになって」
「いえ、今日は姫のご様子を見に来ただけですので。城主殿にはどうぞ宜しくお伝えください」
家来を従えて帰っていくメリアデックを見送ったメルグウェンは、家来達と部屋の隅に控えていたルモンに尋ねた。
「私が失礼なことをしたから機嫌を損ねてしまったのかしら?」
「そんなことはないと思いますよ。だけど何故あんなにうわの空だったのですか?」
ルモンが笑いながらメルグウェンに聞いた。
「ちょっと別なことを考えていて」
メルグウェンはそう答えながら頬を赤らめた。
「メリアデック殿もお気の毒に」
「家族がいないって寂しいわよね」
「いえ、そうではなくて」
「何?」
「分からなければいいんです」
ポカンとしたメルグウェンだったが、部屋を出ようとしたルモンに尋ねる。
「ルモンの家族は?」
「私は両親も兄弟も健全ですよ」
「それは良かったわ」
「ご家族が恋しいのですか?」
「…いいえ」
自分の父が王に告訴状を出したことを知ったら、メルグウェンはどうするのだろうかとルモンは思った。