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メルグウェン姫と騎士ガブリエルの物語  作者: 海乃野瑠
第8章 - ワルローズ城
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8-5

ワルローズに引っ越してから数ヶ月が経ち、やっとメルグウェンも新しい生活に慣れてきた。


初めはメルグウェンのことをあまり良く思っていなかった侍女達も、アナのお蔭もあってメルグウェンを新しい女主人として認めるようになっていた。


親しくなった人達もいた。


暫くの間、城の牢に繋がれていたワレックの剣術指南は頑固な老人で、メルグウェンは最初自分の父親を思い出させるこの男が苦手だった。


内乱の首謀者となった一人で落城の際に相手側の首謀者達と捕らわれたのだが、ガブリエルは彼らを処刑せず自分を新しい城主と認め忠誠を誓うならばそのまま元の職務に戻すことを約束したのだった。


しかし皆が我先に忠義を誓う中、この男だけは見も知らぬ若造を我が主と認められるか直ぐには分からんと答え、愉快に思ったガブリエルに許されて剣術指南の役に戻っていた。


小柄な体の背筋を常にしゃんと伸ばし、深い皺の刻まれた顔の中もじゃもじゃ眉毛の下で冷たい灰色の瞳を光らせている男をカドー達はとても恐れていた。


この年老いた剣士コンワールは、初めは女が剣を持つなんて見たことも聞いたこともないと文句を言ってわざとメルグウェンに辛くあたった。


だがどんなにきつい稽古でも弱音を吐かないメルグウェンをいつしか認めるようになり、今では自分の師弟の中でも稀に見る剣士だと褒めてくれる。


いまだに女が剣術をすることに関して考え方を改めてはいないようだが、メルグウェンは例外のようだった。


ただメルグウェンの弱点は少しのことで動揺することだと言って、わざと耳を塞ぎたくなるような暴言を吐きながら稽古をつけてくれるので、メルグウェンは閉口していた。


その他にメルグウェンが毎日のように会いに行く鷹匠のティリオウと隼のミルディン2世、それから台所で働いているヌエラがいる。


ティリオウはごつごつした感じの無口な男だったが、自分の可愛い小鳥達の話をする時だけ饒舌になった。


毎日ミルディン2世の訓練をするのにメルグウェンが来るのを待っていてくれる。


ミルディン2世は、まるで黒い兜を被り純白の胸当てをしたように見える美しい鳥だった。


少し荒っぽい性格だったミルディン1世に比べ、2世は案外人懐こくメルグウェンがそっと羽を撫でたり頭に唇を寄せると嬉しそうにする。


ヌエラとはひょんなことから仲良くなった。


ある日剣術の稽古から戻ってきたメルグウェンは中庭で、揚げ菓子を山積みにした皿を持って台所から慌てて出てきた娘と衝突してしまった。


地面に散らばった菓子を見て泣き出した娘を慰めたメルグウェンは、一緒に台所に戻り料理長に余所見をしていた自分の所為だと謝り、代わりの菓子を作るのを手伝わせて欲しいと言ったのだった。


料理長は姫にそのようなことをさせる訳にはいかないと最初は断ったのだが、食事の時間も迫っていてやむをえずメルグウェンに頼んだ。


揚げ菓子を作りなおす時間がなかったため、メルグウェンは自分の故郷のアーモンド入りの焼き菓子を作ってみた。


うろ覚えだったので上手くできるか不安だったが、美味しく焼き上がった菓子は皆にも好評で、その後時々『姫の焼き菓子』と名づけられたその菓子が食卓に上るようになった。


そして下働きのヌエラはメルグウェンを崇拝するようになり、メルグウェンが通る時刻になると何かと用事を見つけては中庭に顔を出すのであった。




秋も深まったある日、ガブリエルは隣人のメリアデックを狩猟に招待した。


メリアデックは5人の騎士と共に朝からワルローズにやって来た。


メルグウェンが挨拶するために広間に入っていくとガブリエルの隣に座っていた金髪の男が慌てて立ち上がった。


「メリアデック殿、ご紹介しよう。我が城の客のメルグウェン姫だ」


次にガブリエルはメルグウェンの方を向いて言った。


「こちらがクエノン城の城主メリアデック・グルロエス殿だ」


メルグウェンは腰を屈めて挨拶をするとガブリエルの隣に立っている男を見た。


数ヶ月前に父親を失ったメリアデックは城主というにはあまりにも若過ぎるように思えた。


すらりと背は高かったが繊細な顔立ちは少年のようで、ふとメルグウェンはガブリエルの書斎にあった古代の彫刻を思い出した。


濃い金色の巻き毛が覆っているその形の良い頭を見てメルグウェンは首を傾げた。


こんなきれいな顔をした若い男に城主が務まるのかしら?


メリアデックが居心地悪そうに咳払いをし、メルグウェンは自分が無遠慮に相手をじろじろ見ていたことに気付いた。


決まり悪くなったメルグウェンも頬を染めて顔を背ける。


「では、また後ほど」


軽く頭を下げて自分の席に向うメルグウェンの後姿をメリアデックは明るい空色の目でずっと追っていた。


ガブリエルはそんなメリアデックを呆れたような愉快そうな顔をして見ていた。




秋の空に角笛の音が響き渡った。


狩に向う一行は2列になり森への道を進んだ。


先頭に鷹匠がまだ目隠しをした鳥を肩と拳にとまらせ歩いていく。


鷹達の餌を腰に下げ、鳥を乗せていない方の手には藪や枝を払う棒切れを持っていた。


次に狩猟係が肩から角笛、腰には刀を提げ、まだ若い犬を繋いだ縄を持ち歩いていく。


訓練中の犬達は嬉しそうにそこらじゅうを嗅ぎ回り、狩猟係は縄がこんがらがらない様にするのが大変だ。


その後に馬に乗った騎士と家来が続いた。


一行の周りを猟犬が待ちきれぬように駆け回っている。


メルグウェンはガブリエルのすぐ後ろにメリアデックと並んで馬を進めていた。


「行くぞ!」


森に入った途端、ガブリエルは自分の鷹を放つと同時に馬の腹を蹴り後を追って駆け出した。


ルモンとイアンが慌てて後を追う。


メルグウェンは驚いた声を上げた。


「鷹や犬よりも先に貴方が行ってどうするのよ!!」


呆れたように叫ぶメルグウェンに後ろにいたパバーンが言う。


「相変わらずせっかちなお方だ」


「あんなに飛ばしたら落馬して首の骨を折るわ」


眉を顰めたメルグウェンにメリアデックが羨ましそうに言った。


「城主殿と姫はとても仲が良いのですね」


メルグウェンは驚いてメリアデックを振り返る。


傍から見たらそう見えるのだろうか?


あの男はわざと私を怒らせるようなことしかしないのに。


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