8-3
夕食の席で初めてメルグウェンは城主となったガブリエルと顔を合わせた。
ガブリエルが近づいて来るのを見ながらメルグウェンは眩しそうな顔をした。
「おめでとうございます」
祝いの言葉を言うメルグウェンにガブリエルは頷いて聞いた。
「どうだ?部屋は気に入ったか?」
「はい。とても」
目を輝かせて答えるメルグウェンを見てガブリエルは笑った。
何故かメルグウェンは暖かい気持ちになり、この男と話していて腹が立たないのは初めてだと思った。
騎士達は皆嬉しそうにメルグウェンに挨拶に来た。
カドーが得意げに自分の武勇伝を語るのでメルグウェンは笑ったが、既にマロから聞いて知っている話だった。
ガブリエルはワレックの家来達をそのまま使うことに決めたようで、その者達が挨拶に来た。
ガブリエルが前もってメルグウェンのことを説明していたのだろう。
皆とても丁寧だった。
席に着いたメルグウェンは辺りを見回した。
前の城とは比べものにならぬほど広い広間。
揺らぐ松明の光。
中に人が座れるようになっている大きな暖炉。
壁を覆う豪華なタペストリー。
天井に反響する人々の話し声や笑い声。
大勢の人々に囲まれ楽しそうにしているガブリエルや騎士達を眺めながらメルグウェンはふと寂しくなった。
前のお城が恋しくなるなんて私ったらどうかしてるわ。
メルグウェンは頭を振ると、自分の前にある料理に手を伸ばした。
次の日、メルグウェンは支度を手伝いに来た侍女に城を案内して欲しいと頼んだ。
朝食の後、侍女について中庭に出ると、丁度ルモンとイアンがドグメールに城を案内してもらうところだった。
メルグウェンは侍女に断り、ルモン達について行くことにする。
前の城と違う所は、鍛冶屋の他に武具を作ったり修理する武具師と鏃を研ぐ研師が独立した建物で仕事をしており、厩の他に狩に使われる鷹がいる鳥小屋と犬小屋があることであった。
鷹匠は可愛がっている猛禽類をメルグウェンが怖がらないのを見て喜び、自分の鷹を選ぶように言ってくれたため、メルグウェンはダネールの城で自分が飼っていた隼に良く似た鳥を選んでミルディン2世と名付けた。
犬小屋では春に生まれた子犬を狩猟係が訓練している所だった。
「まあ、可愛い!!」
暫く子犬と戯れた後、ドグメールが今試験中の新型投石器を見せてやると言うのでそちらに向おうとした時、藁葺き屋根の小屋から出て来た女が皆に声をかけた。
「あたいらの所は素通りかい?つれないねえ」
豊満な体に胸元が広く開いた紫色の服を身に着けている。
縮らせた金髪を結い上げ、派手な目鼻立ちをした美しい女だ。
ドグメールがメルグウェンの方をチラッと見てどう答えようか迷っていると女が言った。
「おやまあ。この子が城主様の許婚とかいう姫かい?」
「いや、ベアトリズ。メルグウェン姫は…」
「いいえ、私は許婚でもなければ妹でもないわ」
昨日モルガドが言っていたことを思い出したメルグウェンはドグメールを遮った。
自分を値踏みでもするようにジロジロ見つめる女を真っ直ぐに見てメルグウェンは言った。
「貴方があの男の恋人なの?私は人のものを取る気はないのでどうぞご安心を」
そんなつもりはなかったのだが口調が刺々しくなるのを避けられなかった。
女は笑い出した。
「こりゃ気の強いお姫様だね。あたいらはそんな偉い者じゃないよ」
小屋からもう一人派手な格好をした女が出て来た。
肌も露な緑色の服に透けるショールを巻いている。
「ベアトリズ、こんな朝っぱらからお客かい?」
「いやいや、城主様の許婚でも妹でもないお姫様とおしゃべりしてただけさ。まだあんたは寝てていいよ」
もう一人の女はドグメールと一緒にいるルモンとイアンを見て嬉しそうな顔をした。
「あら、新入りかい?新しい城主様はあの通りの男前だし、ご家来はぴちぴちした若いのばかりで、商売が楽しくなるわねえ」
その言葉にイアンは顔を真っ赤にした。
漸く女達が誰なのか分かったメルグウェンは、さっさと先に歩き始めた。
父親の城にもその様な女が数人いたが、彼女達はいつも黒い服を着てできるだけ目立たないようにしていたと思う。
子供の頃、何も知らずに彼女達の部屋に遊びに行き、乳母にこっぴどく叱られた覚えがあった。
メルグウェンは自分の部屋に戻るため階段を上がりながら、ガブリエルのことを思い眉を顰めた。
何故こんなに腹が立つのだろう。
あの男が誰を好きになろうと、何をしようと私の知ったことではないのに。