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結局、城を片付け荷造りをするのに思ったよりも時間がかかり、メルグウェンがルモン、イアン、アナとマロを伴ってワルローズに向ったのは、それから2週間後のことだった。
もうすぐ夏も終わりだというのに朝からきれいに晴れた日で、メルグウェンにとってそれは明るい兆しに思えた。
海沿いの道は紫のヒースのカーペットが一面に敷かれた中を通っていく。
その紫にシダや茨の緑、エニシダの黄が混じり合い、青い海と白い雲の浮かぶ青い空に映え素晴らしい眺めだった。
この景色が好きだとメルグウェンは思った。
ここは私の第二の故郷になりつつある。
いつかここを去らなければならなくなったら、私は山と同じ様にこの海を懐かしく想うだろう。
その日は日が暮れる前に海沿いの道から離れ、近くの村に宿を借りた。
次の日も朝早くから出発し、一行は北に向かって進んでいた。
午後も遅くなった頃、先頭のイアンが前方を指差して言った。
「多分あそこがカトワロンの岬だと思います。間違っていなければその次がワルローズですよ」
ワルローズは美しい町だった。
メルグウェンは城壁の上に聳え立つ城と聖堂の塔に見とれていた。
ここが私の新しい住処となるのだ。
門番に名を告げ町に入った一行は城を目指した。
内戦も漸く終結し町は活気を取り戻していた。
建物の間の細い道を馬に乗った5人が通ると皆物珍しそうに眺めている。
城門に乗り付けると髭面とのっぽの二人の門番は許可証がなければ通れないと跳ね橋を下げてくれなかった。
ルモンが自分達はガブリエルの家来だと言っても聞き入れてくれない。
「ここ数週間、おまえらの様な若者が仕事を求めて次から次へと押しかけて来るんだ。相手をしていたらきりがない」
イアンが怒って怒鳴ろうとするのを押し留めルモンは言った。
「ガブリエル様のご命令で、我々は許婚のメルグウェン姫をワルローズまで護衛して来た」
メルグウェンが口を開きかけたのを片手で制しルモンは更に言った。
「門を開けてもらいたい」
門番達はメルグウェンをじろじろ見ると何事かを囁き合い、一人が慌てて誰かを呼びに行ったようだった。
本当だったらまずいと思ったのか、跳ね橋がスルスルと下ろされた。
メルグウェンが文句を言う前にルモンは謝った。
「申し訳ない。ああでも言わないと入れてくれそうもなかったので」
5人が城の中庭に馬を乗り入れると、のっぽの門番と一緒に一人の男が出て来た。
ガブリエルの騎士の一人のモルガドである。
「何だ。あいつがガブリエル様の許婚だとか言うからベアトリズかと思ったら、メルグウェン姫のことでしたか」
笑いながらメルグウェン達に挨拶するモルガドはとても元気そうだ。
馬丁が皆の馬を連れて行くと、男達は話しながらどこかに行ってしまい、メルグウェンとアナは中庭に取り残された。
「どうぞ、こちらです」
その声に振り向くと侍女が塔の扉を押さえて立っていた。
階段を上がったメルグウェンはある部屋に案内され感嘆の声を上げた。
「城の中で一番見晴らしのいい部屋です」
扉の前に立っている侍女がそう言った。
窓から真正面に海が見えた。
「元城主のワレック様がご結婚なさったら奥方様にと考えていた部屋です。城主様にもそう申し上げたのですけど、メルグウェン様の部屋にすると仰って」
貴方は奥方でもないのにこの部屋は勿体無いと言われたようでメルグウェンはムッとした。
「ガブリエル様は姫をとても大事になさっています」
アナが側から言ってくれたが、確かに家族ではないメルグウェンが何故ここにいるのか不思議に思われても仕方がない。
妹のように守ってくれているのは分かっているけど私はあの男の妹ではないのだから。
「アナ様のお部屋はこちらです。お食事の時間にお迎えに上がります」
そう言うと侍女は部屋を出て行った。
一人になったメルグウェンは窓に駆け寄った。
窓から海が望めるなんてとても嬉しかった。
海に太陽が沈んでいくところが見えるわ!!
メルグウェンは手を叩いて喜んだ。
数少ない自分の荷物を家具にしまう。
食事の時間まで城の探検に行きたかったが、あの侍女が迎えに来た時に部屋にいなかったら叱られそうだ。
まあいいわ。
明日にでもゆっくり探検しよう。
そう思ったメルグウェンは椅子を持って窓辺に行くとそこに座り、食事に呼ばれるまで海を眺め続けていた。