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ガブリエル達が城を去ってから数日は、いつも通りに振舞っていたメルグウェンだったが、王に定められた期日が近づくにつれ段々と落ち着かなくなった。
ガブリエルは帰ってくると約束したが本当に大丈夫なのだろうか?
今頃皆は何をしているのだろう?
怪我をした人はいないのだろうか?
特に信心深い訳ではないメルグウェンだったが、いつの間にか毎日聖堂に向うことが習慣となっていた。
普段は武器倉庫となっている聖堂だったが、黒ずんだ石の壁、彫刻を施した石の柱、色のついたガラスの嵌め込まれた窓等に囲まれていると落ち着いた気持ちになった。
普段パバーンが使っている椅子があったため、メルグウェンはそこに座り皆の無事を祈った。
その日は朝からルモンはキリルの城に行っており、メルグウェンはイアンとルドゥス・ドゥオデシム・スクリプトルムという古代から伝わるゲームで遊んでいた。
城にはガブリエルの趣味で立派なチェス盤やその他のゲームがあったのだ。
メルグウェンはこのゲームは結構得意だったのだが、上の空だったため知らないうちに自分の駒を幾つも囲われてしまっていた。
「ああ、もう!!今日は本当に運がないわ」
またしても自分の求めている数が出なかったメルグウェンは、サイコロをテーブルに放り出した。
イアンもメルグウェンと同じ位不安になっているようで、頻りにガブリエル達の話をしている。
近習の中では一番若いイアンは、パバーンの従兄の息子である。
少しばかり落ち着きがないが、ガブリエルを崇拝している朗らかで勇敢な若者だ。
中肉中背で茶色の髪を短く刈り快活な顔をしたこの男をルモン程ではないにしろ、メルグウェンは気に入っていた。
「今頃何をしているのでしょうね?」
「さあ?」
「もう知らせが来る頃ですよね?」
「そうね」
「絶対無事で帰って来ますよ」
「ええ」
先程から何度となく交わされた会話である。
質問する側が変わっただけで内容はいつも同じである。
メルグウェンは、もしガブリエルに何かあったら自分はどうなるのだろうと思う。
ルモンはどうするのだろうか?
騎士達は?
誰か私を一緒に連れて行ってくれる人はいるのだろうか?
自分だけで精一杯の人達が自分のようなお荷物を引き取ってくれるとは思えなかった。
メルグウェンは今更ながら自分がどれだけガブリエルに守られていたのかを実感した。
自分だけではない。
この城の住人全員だ。
離れているとガブリエルの長所ばかり頭に浮かぶのにメルグウェンは苦笑いをした。
近くにいる時はあんなに腹の立つあの男が何でこんなにも懐かしく感じるのだろう?
メルグウェンは自分をからかう時にガブリエルが見せる楽しそうな笑顔と明るい灰色の目を思い浮かべた。
無事で帰ってきてくれるのなら、どんなに嫌味なことを言われても笑って答えてあげるわ。
ガブリエルは自分達の計画が予想以上に上手くいったのを見て満足していた。
彼らは直接ワルローズに行かなかったのだ。
ワレックの家来がそれどころではないのを察知して、一行はグルロエスの城に向ったのだった。
グルロエスの城は攻め落とされた後、ワレックの死でほったらかしにされていた。
運良くグルロエスの執事だった男が城に残っており、残りの家来を纏め城が略奪されるのを防いでいた。
ガブリエルは生き残った城の住人を集めると、自分が王の命令でワルローズの新しい城主となることを伝え、そうなった折にはワレックの城に囚われているグルロエスの息子を釈放し、城と領地は彼に譲渡することを約束した。
次に城下町の有力者を集め同じ話を伝えた。
主を失って混乱していた人々は大層喜び、グルロエスの跡継ぎメリアデックが釈放されるまでガブリエルの力となることを約束した。
そして全ての準備が整ったある朝、ガブリエルが率いるグルロエスの生き残りの軍隊はワルローズに向った。
戦力としては大したことはないが、ガブリエルはワルローズ側が仲間割れしているのなら十分勝ち目はあると見ていた。
ワルローズは前方は海、西にはレジンカ河の河口を支配する岬に建てられた城壁に囲われた町だ。
過去に北国からの侵攻を何度も受け破壊された歴史を持つが、半世紀前の城主が岩の上に築き上げた城壁とその後代々の城主が強化してきた要塞のお蔭で現在はもっとも攻撃し辛い町とされている。
しかしワレックの死後、個人の利益と目先のことしか見えない連中の所為で、防備は疎かになっている。
ガブリエルはモルガドとその近習のフェリズを偵察に送り込み、正門以外には見張りがいないことを知っていた。
岬の付近は干満の差が大きく、干潮時には辺りは砂浜になる。
ガブリエルは潮汐に詳しい漁師の力を借り、ワルローズに攻め込む時間を決めた。
干潮を利用し海から迂回して裏門を攻めるのだ。
そして眩しい朝日の中、グルロエスの軍はガブリエルとその騎士達を先頭に砂浜に馬を乗り入れた。