7-4
目が覚めた時、メルグウェンは自分がどこにいるのか分からなかった。
久し振りにぐっすり眠れた気がする。
横を向くと裸の大きな背中が目に入る。
ルモンかしら?
見ていると大きな体は寝返りを打ち両腕を上げて伸びをし、栗色の頭がこちらを向いた。
灰色の瞳がメルグウェンを見つめて、唇の端がクッと持ち上がる。
メルグウェンは飛び起きるとベッドから転げ落ちた。
カーテンを開いてガブリエルが怒鳴る。
「おい、寝ぼけてんじゃねえよ」
そしてメルグウェンが落っこちた音で他のベッドから首を覗かした男に謝っている。
近頃の若い者はまったく役立たずで困ると文句を言っているのが聞こえたが、メルグウェンは振り返りもせずに部屋を飛び出した。
顔を火照らせて、ぶつけた肘と腰を摩りながら階段を駆け下りる。
昨夜のことが思い出された。
寝ずの番どころか一晩中ぐっすりとあの男のベッドで眠ってしまったのだ。
あまりにも情けなくてメルグウェンは大きな溜息をつく。
あの男は私に興味がないからいいものの、これじゃあまるで襲ってくださいって言っている様なものよね。
これからは注意しないと。
メルグウェンにとっては幸運なことにそれからの何日かは、夜になっても宿に行きつけず野宿をすることになった。
男達は順番に見張りをして焚き火の火を絶やさぬようにしたが、ガブリエルはメルグウェンには寝ているように言った。
「こいつに見張りをさせたら、俺達全員眠っているうちに殺されちまうからな」
そう言って笑ったガブリエルをメルグウェンは睨んだが、自分が毎晩横になると日中の疲れで直ぐに眠りに落ちてしまうことを知っていたので反論できなかった。
そして旅は順調に続き、一行は本道を外れ森の中を北西に向っていた。
数日前から人里離れた道を進んでいたため、水を補給することが必要だった。
昼食を取るため馬を下りた一行は残り少ない葡萄酒を回し飲みした。
「日暮れ前に行きに通った村に着く筈です」
ルモンが言うとガブリエルが答えた。
「今夜の宿はその村で借りてもいいな」
午後も遅くなった頃、先頭を進んでいたイアンは歓声を上げると馬を急がせた。
模様を刻んだ巨大な岩は、行きにその村を出た所で見たものだった。
もう少し行くと澄んだ水が湧き出ている石で囲われた泉がある筈だった。
だが暫くするとイアンが頭を振りながら戻って来た。
「飲めません」
「戦か」
矢が背中に刺さったままの兵の死体が折り重なるようにして泉の中に倒れていたのだ。
「井戸がある家があるかも知れません」
イアンは見て来ますと言って、ルモンと一緒に村の中へ進んで行った。
ガブリエルはメルグウェンを振り返った。
「絶対に俺達の側を離れるなよ」
メルグウェンは緊張した面持ちで頷いた。
ガブリエルは荷物の中から剣を出すとメルグウェンに渡して言った。
「ほら、おまえの剣を返す。弓矢でかかって来られたら役には立たないが、持っていれば少しは心強いだろ?」
村の中を進んで行くと急に辺りに角笛の音が響き渡り、パバーンがハッとして叫んだ。
「あれはイアンだ!」
3人は急いで音のした方向に馬を走らせた。
どこかで盗んだと思われる壊れた兜を被った兵が、イアンとルモンの馬を連れ去ろうとしている所に出会う。
パバーンが近づき剣を振るうと兵は呆気なく崩れ落ちた。
パバーンは2頭の馬を自分の馬に繋いだ。
兵が出て来た農家の中庭に馬を乗り入れる。
パバーンがメルグウェンに言った。
「姫は私の側にいてください」
イアンは星球武器を振り回す兵と戦っている所だった。
最初の男と同じ様にあまり武器の扱いには慣れていない様子だ。
ガブリエルは馬を下りると剣を抜き放ち、イアンの相手に向かって行った。
「イアン、奴を殺すな!」
イアンの剣に手を傷付けられた男は、武器を取り落とし喚き散らしている。
男の襟首を掴み上げ垢に塗れた髭面を睨みつけて、ガブリエルは鋭い声で尋ねた。
「他の仲間はどこだ?」
男は救いを求める様に濁った瞳をキョロキョロさせた。
「答えろ」
首元に剣を突きつけられた男は酷い訛りで答えた。
「俺を殺さないでくれ。女房と子供が待っているんだ」
「もう一度聞く。仲間はどこにいる?」
「戻って来たのはファンシュと俺だけだ」
ガブリエルはそれを聞くと、男の肩を掴み後ろ向きにして尻を蹴飛ばした。
「とっとと失せろ。今度その汚い面を見せたら容赦しないからな」
男は傷付いた腕を抱え一目散に逃げて行った。
離れた所でパバーンと一部始終を見ていたメルグウェンは、馬を下りるとガブリエル達の方に行こうとして井戸の脇を通った。
井戸の陰でイアンが倒れた人の側に跪いているのを見てメルグウェンは叫び声を上げる。
ルモンが服を血に染めてうつ伏せに倒れていたのだ。