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五月祭の夜は、人の背の丈程の焚き火が焚かれる。
城下町では大聖堂の前広場に焚かれるのだが、城では毎年中庭に焚かれるのであった。
日が暮れるとお抱えの音楽家がガイディやタラバードを吹き鳴らし、ラウドを弾いて歌う。
焚き火の周りを若い男女は夜通し踊り回り、その夜に誕生するカップルも少なくはなかった。
大人の仲間入りをしたメルグウェンは、今年初めてその踊りに参加することが許される。
できれば、自分の部屋に逃げ帰りたいメルグウェンであったが、父親に許婚の前で踊ることを命じられた。
頭をからっぽにし、野原で踊っていることを空想しながら踊る少女のまだ蕾の様なしなやかな体をネヴェンテルは、鋭い瞳で舐めるように見つめていた。
やっと許可を得て部屋に戻ると着替えを手伝おうとする侍女を下がらせ、メルグウェンは服が皺になることも構わずベッドに身を投げ出す。
今まで耐えていた涙が次から次へと溢れた。
挨拶をした時に見たネヴェンテルの様子を思い出し、メルグウェンは身震いした。
肩の辺りで切られた薄い白髪に囲まれた皺だらけの細い顔、鷹のような鼻、鋭い目、欠けた歯が覗く縁の垂れ下がった口。
食事の間に横目で見た長い爪を生やした染みに覆われた骨ばった手。
冗談じゃない。あんな老人と絶対に結婚なんかしたくない。
どうしたらいいのだろう?
涙と鼻水を袖で拭いた少女は、結婚を止めさせる方法を考える。
目を閉じてじっと考えていると、結婚騒動ですっかり忘れていたリグワルの笑顔がふと浮かんだ。
翌日は朝早くから大聖堂で礼拝がある。
城では城内の聖堂で礼拝があった後、年初めての鷹狩が行われる。
ネヴェンテルが近くにいたが、久しぶりに馬に乗ったメルグウェンは狩猟を楽しんでいた。
五月らしい晴天に恵まれ、緑に染まった森の中は気持ちが良かった。
お気に入りの隼ミルディンを皮の手袋をした片手に留まらせ、姿勢良く馬に乗って進む少女は美しかった。
昨夜は色々と考えて一睡もできなかったにも拘らず、少女の顔は晴れ晴れとしていた。
そんなメルグウェンを満足そうに眺めていたネヴェンテルは、少女に狩は好きかと聞き、メルグウェンが頷くと、自分の所有地にある森にも獲物が多いが、時に盗賊が出て困るという様なことを言った。
マルカリードも狩に参加していたが、訓練中に鷹に襲われたことがある少年は猛禽類を恐れて手ぶらだった。
鷹狩から城に戻り、豪華な昼食を取った後、夏至の祭りの日にまた来ることを約束し、ネヴェンテルは兵を従えて帰って行った。