7-3
「俺達の城から海岸沿いに北に向かって2日程行った所にワレックという城主が治めている町がある」
宿に戻ってからガブリエルが話し始めるとルモンが言った。
「聞いたことがあります。海に面している町ではないですか?」
「そうだ、ワルローズという城壁に囲まれた港町だ。ワレックは長年一番近い隣人のグルロエスという城主と領地争いを続けていた。ワレックは先月またグルロエスの城を攻め、戦いの末城主を殺した。だがワレックも数週間後に病で死んでしまったんだ」
「運が悪い人ですねえ、お気の毒に」
イアンが全然気の毒そうではない口調で言った。
「ワレックには家族はおらず跡継ぎも決まっていなかった。その結果、主人を失ったワレックの家来達が仲間割れをして内乱状態になっているらしい。グルロエスの方は息子がいるらしいが、ワレックの城に捕らえられているそうだ」
「遺産を残す子供もいないのに何故人の土地を欲しがるのかしら?」
メルグウェンが呆れたように言うとルモンが答える。
「欲は人を堕落させると言いますけど、実際は殆ど皆持っているんじゃないですか?財産や権力を持つ者は特に」
「人の性ってこと?」
そう言いながらメルグウェンは修道院で一緒に暮らしていたマルゴーを思い出した。
今頃どうしているのだろう?
死んでしまった許婚を忘れられないまま、親の決めた人と結婚してしまったのかしら?
ガブリエルは話し続ける。
「王はその状況に胸を痛ませておられる。また王はバザーンで功績を残した騎士に褒美を取らせようと考えておられる。つまり、どういうことか分かるか?」
「我が王は頭が良い」
「そうだ。自分の懐は傷まず、頭痛の種は無くなるという訳だ」
皆の目がガブリエルに集中する。
「1ヵ月以内に内乱を治めろとのご命令だ。王は成功すれば俺をワルローズの新しい城主として認めると仰せられた」
ホーッとイアンが息を吐いた。
暫くしてルモンが沈黙を破った。
「失敗したら?」
「今まで通りだろ」
「じゃあ考えるまでもないですね」
ガブリエルは皆の顔を見回してニッと笑った。
「そういうことだ」
翌日、日の出前に旅立った一行は足並みも軽く北を目指していた。
王が決めた1ヵ月の期限を守るために、できるだけ早く城に戻る必要があった。
メルグウェンは呆れていた。
何故このような話でこの人達はこんなに元気になるのだろう?
王に良い具合に操られている様な気がするけど。
男って単純なのね。
彼らのは欲とは少し違う気がした。
まるで新しいおもちゃを与えられた子供だ。
メルグウェンは彼らと同じ気持ちを分かち合えないのを少し寂しく感じた。
城主が戦に出かける時、奥方はこのような気持ちになるのではないだろうか?
夫の身を案じる気持ちや夫が留守の間城を守らなければならない不安やらの他に、自分だけ仲間外れにされたような疎外感を感じるのではないか?
その日は暗くなるまで進み、メルグウェンは散々文句を言ったのだが聞き入れてもらえず道端の宿屋に泊まった。
確かに野宿をするよりも安全だろうが、小姓としてこきつかわれるのは勘弁して欲しかった。
しかしガブリエルは容赦なく、暑いから汗を流したいと風呂を要求し、メルグウェンはまたしてもルモン達と湯を運ぶ羽目になった。
夜はまた屋根裏部屋かと気が重かったが、ガブリエルは小姓には寝ずの番をさせると言い、メルグウェンに朝まで自分のベッドの足元に座っていることを命じた。
メルグウェンは拒否しようと口を開きかけたが、その前にガブリエルがワザとらしく皆に聞こえるように主人の命令を聞かぬ小姓はどうなるか知っているかと聞いたので黙った。
ガブリエルが横になった後、仕方なくメルグウェンはベッドに這い上がりガブリエルの足元に膝を抱えて座り込んだ。
絶対に口を利いてやらない、もし私に触れでもしたら大声で叫んでやると思っていたメルグウェンだったが、寝不足と昼間の疲れに耐え切れずいつしか眠りに落ちていた。
ベッドに入って一刻もしないうちに自分の足の上に倒れこんだメルグウェンを見てガブリエルは可笑しくなった。
これが寝ずの番かよ。
本当だったら二人共寝床で刺し殺されるぞ。
勿論ガブリエルは最初からメルグウェンをベッドに寝かすつもりであんなことを言い出したのだった。
城で育ったお姫様には他の客との雑魚寝はちときつかったようだ。
メルグウェンが二晩殆ど寝ていないのを知っている。
丸まったまま崩れ落ちているメルグウェンを抱き上げると自分の横に下ろす。
メルグウェンはされるがままでびくともしなかった。
ガブリエルは声を立てずに笑いながら、あどけない顔で寝息を立てているメルグウェンに背を向けると自分も横になった。
こいつはガキと言われると怒るけど、これがガキ以外の何だと言うのだろうか?