7-1
数日後、王家の領地にある町に着いた一行は、宿屋に腰を落ち着け次の日のための準備をしていた。
拝謁するのはガブリエルとパバーンと決まっていたので、二人は風呂に入り髭をあたり身だしなみを整えた。
メルグウェンはルモン達と湯を運んだ後、手伝うこともできずベッドに座って待っていた。
通常、騎士の支度を手伝うのは小姓の仕事なので、小姓の格好をしたメルグウェンが一人で下の広間で待っていたら怪しまれてしまう。
今のところ追っ手と思われる者には会っていなかったが、油断はできなかった。
ダネールだけではなくネヴェンテルも兵を使ってメルグウェンを探させている可能性がある。
そのため当分の間は小姓の格好を続けるようにとガブリエルに言われていた。
メルグウェンも風呂に入りたかったが、男達が使った湯に入る気になれず、衝立の陰で湯に湿らせた布で体を拭くことしかできなかった。
湯の始末が終わったメルグウェンが広間に下りていくと既に皆テーブルに着いていた。
ルモンが空けてくれた席に座ったメルグウェンは、大きなスープ入れから豆のスープを自分の器によそうとパンを浸して食べ始める。
旅と先程の労働で空腹だった。
出てくる料理を夢中で平らげ、ああ、お腹も一杯で眠くなってきたと思った時、はたと気付いた。
小姓である自分はベッドで休むことができないのだ。
屋根裏部屋で他の客達と一緒に男も女も関係なく雑魚寝するのである。
ブレシリアンの宿屋の様にカーテンを閉めたベッドでも決して安全という訳ではなかったが、見も知らぬ人が裸で隣に寝ているのとは訳が違う。
食事が終わると騎士達と寝室に上がる。
小姓のメルグウェンは、ルモンやイアンと騎士達が服を脱いで寝る支度をするのを手伝わなければならなかった。
パバーンは恐縮してメルグウェンの手を借りようとしなかったが、ガブリエルはメルグウェンをこきつかって楽しんでいるようなところがあったので腹立たしかった。
イアンは他の客の家来との籤引きで負けて寝室の番をすることになっている。
メルグウェンはルモンの後に続いて屋根裏部屋に上がった。
既に寝ている人を踏まないように注意して壁際まで進む。
ルモンはメルグウェンに壁側に寝るように言った。
そして自分はさっさと服を脱ぎ、梁の間に伝っている紐に脱いだ服を引っ掛けると、メルグウェンに背を向けて横になった。
メルグウェンものろのろと胴着とタイツを脱ぐ。
横になったが回りの気配に落ち着かず眠気はすっかり覚めてしまった。
ルモンは既に眠っているようだ。
やっと眠くなってきた時、妙な物音が聞こえてきてメルグウェンは目を開いた。
辺りは暗く窓の周りだけが薄っすらと見える。
喧嘩かしら?
影の中で誰かがのたうちまわっているような音がする。
ルモンを起こした方が良いのではないだろうか?
身を起こそうとした時、耳に入った女の喘ぎ声にやっと状況を理解したメルグウェンは闇の中で顔を赤くして耳を塞いだ。
数日前にリグワルに乱暴されかけたことが思い出された。
いくら耳を押さえていても聞こえてくる物音にメルグウェンは身を縮混ませて耐えていた。
誰かがゲラゲラ笑っている。
別の誰かが眠れないと悪態をついた。
暫くして一際大きな音を立てた後、二人共満足したのか辺りは静かになった。
だが皆が寝静まってもメルグウェンは寝付けず、窓の辺りが白み始めるまで悶々としていた。
翌朝、目の下に隈をこしらえたメルグウェンにガブリエルは尋ねた。
「朝から疲れたような顔してどうしたんだ?」
「あまりよく眠れなくて」
顔を赤らめたメルグウェンを見てガブリエルは、昨夜ルモンと何かあったのかと推量する。
そして別れる時に抱き合っていた二人を思い出した。
まあ、いいだろう。
二人は好き合っているようだし、来年か再来年ルモンが騎士になった際には二人を結婚させてやってもいい。
「王に会うのに緊張しないのですか?」
食事をしているガブリエルを見ながらメルグウェンが尋ねる。
二口で半熟卵を片付けたガブリエルが答えた。
「いや、今回が初めてではないし。行ってみなけりゃ何の話か分からんしな」
この男は緊張することなどないのだろう。
パンを切りその上に雉のパテを厚く塗っているガブリエルを見ながらメルグウェンは思った。
それにしても朝からよく食べること!
寝不足と暑さの所為でメルグウェンはあまり食欲がなく、香料と蜂蜜入りのパンを一切れとよく熟した小さな桃を一つ食べただけだ。
食事が終わった一行は馬に乗り王の別邸に向った。
ルモン、イアンとメルグウェンの三人は門の前で馬を降り、中に入っていくガブリエルとパバーンを見送った。