6-9
息を切らして約束の場所に着いたメルグウェンは、騎士達の姿が見えないのに失望した。
少し前まで誰かがその場所にいた痕跡がある。
押し潰された草や土の上に残された蹄の跡を見てメルグウェンは、耳を澄ませあたりを見回すが、馬の嘶きも人声も聞こえず何も見えなかった。
大声を出すのは躊躇われた。
道とは反対の方向とはいえ誰かの耳に入らないとは限らない。
メルグウェンは何も考えられなくなり、突っ立ったまま暫くの間ぼんやりしていた。
待っていてくれなかったんだ。
周りの景色が霞んだと思うとそれは涙だった。
後から後から溢れてくる涙を止めようとメルグウェンは歯を食い縛る。
どうしたらいいんだろう?
私には馬もないし武器もない。
行く場所もなかった。
思わず町の方角を振り返ろうとしたメルグウェンは、後ろから誰かに乱暴に引き寄せられた。
林の中を騎士達と馬を進めていたガブリエルは、急に手綱を引いて馬を止めた。
「おい、聞こえたか?」
「え?どうしたのですか?」
「女の悲鳴が聞こえなかったか?」
「いいえ。気のせいではないですか?」
「いや、あれはあいつだ」
そう言うとガブリエルは馬の首を返し、元来た道を全速力で戻り始めた。
騎士達も慌てて後を追う。
あれはメルグウェンだ。
ガブリエルはそう確信するとせっかちな自分の性格を呪った。
畜生、俺は馬鹿だ!!!
何故もう少し待ってやらなかったのだろう?
「急げ!!!」
嫌な予感がする。
あいつは俺を頼って約束の場所に来たんだ。
もしあいつに何かあったとしたら悔やんでも悔やみ切れない。
ガブリエルは妹を想った。
あの時も、もっとちゃんと俺が反対すべきだったんだ。
俺が中途半端な態度を取ったからスクラエラは命を落とした。
今度はメルグウェンか?
また俺の所為で?
これ以上早く走れないのか?
ガブリエルはじれったさに歯噛みしながら馬を飛ばした。
メルグウェンは自分を捕らえた腕から逃れようと暴れていた。
口を押さえる相手の手に噛み付いた。
悪態をついた男に突き飛ばされたメルグウェンは、体を起こしながらその顔を見てあっと叫んだ。
「貴方は」
「久し振りだな、グウェン。いや、メルグウェン姫か」
メルグウェンは立ち上がると服の埃を払いながらその男を睨み付けた。
背が伸びて体つきも逞しくなっていたが、黒い巻き毛の下の黒い目は子供の頃と変わっていなかった。
数年前まで同じ年頃の子供を引き連れて城下町で一緒に遊んでいた宿屋の息子のリグワルだ。
「助けてくれるつもりなら、何故こんな乱暴なことをするの?」
「悪いが、助けるつもりはない」
「どういうこと?」
「俺は金がいるんだ。逃げ出したおまえを城に連れて帰れば城主様から褒美がもらえるだろ」
卑しい笑いを浮かべる男にメルグウェンは必死で言い募った。
「最後に会った時、大人になったら助け出してくれると言ったでしょう?その約束を破るの?」
「状況が変わったんだ」
リグワルは決まり悪そうに眼を逸らした。
「昨年の冬から親父が病気で寝込んじまい、お袋と俺で宿屋を切り盛りしているんだ。ここ数年は旅人も減ってるし、親父の薬代やなんだかんだで金は出て行く一方だ。おまけに秋には俺の許婚に赤ん坊が生まれる」
「そう」
別にリグワルはメルグウェンの恋人だった訳ではない、それに大人になったら助け出してやるという約束もメルグウェンは信じていた訳ではなかった。
それなのに何故裏切られたような気がするんだろう?
「だから俺と一緒に城に帰ってもらう」
メルグウェンはじりじりと近づいて来るリグワルから逃げる様に後退りした。
楢の幹に背中があたりメルグウェンはリグワルの腕に囲われる形になる。
初めはリグワルも唯メルグウェンを城に連れ帰り城主に引き渡すだけのつもりだった。
だが初恋の少女を腕に抱き締めているうちに妙な気持ちになって来る。
自分より2歳年上のノアンは美人と評判のパン屋の看板娘で、立春の祭りでそういう仲になった時は自分のことを幸福者だと思った。
だがここ数ヶ月は、膨れ上がった腹を抱え青白い浮腫んだ顔をしている女に無理強いはできず、欲求不満の状態が続いている。
男の欲望にぎらつく目を見たメルグウェンの顔に怯えが走る。
顔を背け体を捻ってリグワルの腕の中から逃れようとしたメルグウェンは、首筋に噛み付かれ悲鳴を上げた。
「さっきのお返しだ。優しくして欲しかったら大人しくしろよ」
「放して!!!縛り首にしてやるわよ」
「バザーンの兵や年寄りの婚約者なんかよりいい思いをさせてやるからよお」
メルグウェンはやっとのこと男を押し退け走って逃げようとするが、直ぐに足を引っかけられて転んでしまう。
膝をついたメルグウェンの服の裾から覗いた白く引き締まった脹脛にリグワルは我慢ができなくなった。
娘の頭を乱暴に地面に押し付けると服を捲り上げ、覆い被さっていった。