6-8
約束の時刻まで後少しだ。
ガブリエル達はメルグウェンが来なかった場合のことを相談していた。
ガブリエルは直ちに城に乗り込んで行くつもりだったが、他の3人が一生懸命に思い止まらそうとしていた。
今日中に発たないと王に拝謁する日に間に合わない。
結局、このまま出発して帰りにもう一度この町に寄ることを決める。
確かにその日の中に行動するには作戦を練る時間が足りなかった。
「よし。じゃあ行くとするか」
立ち上がったガブリエルにパバーンが驚いたように言った。
「だがまだ約束の時刻じゃないですぞ」
「いや、あいつは来ないだろう。待っていても仕方がない」
地面に下ろしてあった荷物を馬に積み、騎士達は兜を被った。
そして馬に乗ると林の中を進んでいった。
メルグウェンが乗って来た馬はイアンが自分の馬に繋げて引いている。
5日後に絶対に戻ってくるからとガブリエルは心の中でメルグウェンに約束した。
カーテンが左右に開かれほっそりとした婦人が顔を覗かせた。
灰色がかった白の粗い麻でできた服を纏い顔をベールを被っている。
窓に掴まっているメルグウェンに驚いた風もなく、メルグウェンが部屋の中に入れるように横に退いた。
メルグウェンは急いで部屋に入ると外から見られないようにカーテンを閉める。
そして薄暗い部屋の中で椅子に腰掛けた婦人の前に行き跪いた。
「お久し振りです、母上」
何故そのようなことをしたのか分からない。
物心がついてから母親らしくしてもらった記憶はない。
虚ろな目をして黙ったままの母親にメルグウェンは自分の結婚のことを語った。
ネヴェンテルが出してきた条件のこと。
それが嫌で堪らないこと。
そして自分が今から何をするつもりなのかも。
急に立ち上がりゆっくりと扉の方に行く母親をメルグウェンは見つめた。
誰かを呼びに行くのだろうか?
しかしダネールの奥方は家具から何かを取り出すとメルグウェンの方に戻ってきた。
「どうぞ、これを」
差し出されたのは小箱で中には金の鎖で編んだ帯に花を模った宝石を散りばめた美しい首飾りが入っていた。
奥方が嫁入りの時に実家から持って来た、古風だが上品な物である。
婚約式でネヴェンテルにもらった派手な首飾りよりは、ずっとメルグウェンの好みに合った。
メルグウェンはその首飾りを母親が着けているところを一度も見たことがなかった。
多分これを着けていた頃は彼女も幸せだったのだろうと思う。
頭を下げて小箱を受け取ると、上から聞こえてきた声に思わず目頭が熱くなった。
「お幸せに」
「母上もお大事に」
扉を開けて廊下に誰もいないのを確認するとメルグウェンは部屋から滑り出て扉をそっと閉めた。
袖で涙を拭うと足音を忍ばせて階段を下りる。
階段の反対側にある自分の部屋の前に立っている見張りに気付かれたら全てが終わりだ。
メルグウェンは誰にも見つからずに城を抜け出すと、庭に向って走った。
子供の頃使っていた城下町への抜け道はそのままだった。
服が土で汚れ、木の枝で顔には引っ掻き傷ができたが、メルグウェンは構わず生垣を抜けると誰もいない街角に降り立った。
そして顔を隠すように頭布を深く被ると町の門に向って歩き出した。
門前は、朝から町に商売に来てこれから家路に就く人々でごったがえしていた。
メルグウェンはその中に紛れ込み、門番に見咎められずに町を脱出することに成功した。
急がなければならない。
何気ない風を装って皆が通っていく道を外れ、林の中に踏み込んだ。
メルグウェンは約束の場所に向って走り出した。
聖堂の鐘が鳴るのが遠くに聞こえた。
走っている途中、メルグウェンは大きな袋を背負った男とすれ違った。
男はメルグウェンを見るとハッとした顔をして立ち止まり、直ぐに踵を返してメルグウェンの後を追う。
約束の場所に急ぐことしか考えていなかったメルグウェンは、後をつけて来る男に全然気付いていなかった。