6-4
メルグウェンは城の住人達と仲良くなったが、唯一ガブリエルとは距離を置いていた。
剣をもらって間もない頃、ガブリエルの放った一言に逆上したメルグウェンは剣を抜き払い、背を向けたガブルエルに斬りつけたことがあった。
だが剣はガブリエルに届かず、側にいたフェリズという名の家来に足を掬われたメルグウェンは地面にしたたか顎をぶつけた。
メルグウェンの腕を背中で捻り上げ、ガブリエルの指図を仰ぐフェリズにガブリエルは言った。
「放してやれ」
「この娘はガブリエル様のことを」
「分かってる、放してやれ」
放された腕を摩りながら立ち上がったメルグウェンをちらと見てガブリエルは言った。
「こいつは絶対に卑怯なことはしない」
「え?でも今ガブリエル様の背後から」
「いいから、放っておけ」
そしてガブリエルはそのままその場を立ち去ったのだった。
メルグウェンは自分の部屋に入って扉を閉めるまで涙を耐えていた。
擦りむいた顎がヒリヒリと痛んだ。
また負けたと思った。
この男には敵わないと思った。
剣にではない。
ガブリエルの寛大さにである。
そしてメルグウェンは泣きながら思った。
どんなに私を怒らせるようなことを言われたとしても、もうこの男に剣は向けるまい。
だが急に愛想良くすることはメルグウェンにはできなかった。
その為、それからずっと何となく気まずい状態が続いている。
しかしそれはメルグウェン一人が思っていることであって、ガブリエルは相変わらずメルグウェンの顔を見るとからかうのであった。
夏のある日、キリルの城から帰ってきたガブリエルは騎士達を書斎に集めた。
ジュディカエル王から騎士ガブリエルに出頭の命令が下ったのだ。
バザーン落城のことが頭にある騎士達にはそれは明るい兆しに思えたが、ガブリエルは行ってみなければ分からないと言って皆を黙らせた。
この季節は王は首都にはおらず、南部の領地に宮廷を移している。
参上するのはガブリエルとパバーン、それに近習のルモンとイアンと決まった。
その日の夕方、ガブリエルに呼ばれたメルグウェンは書斎の扉をノックした。
「入れ」
ガブリエルは窓際の革張りの椅子に腰掛け窓から外を眺めていた。
夏はこの時刻でもまだ外は明るい。
メルグウェンが入っていくと、ガブリエルは座るように促してから暫くの間黙ったまま外を見ている。
居心地悪くなったメルグウェンが椅子の上で身動ぎすると、ガブリエルはやっと振り向いて話し始めた。
「家に帰りたいか?」
唐突に聞かれたメルグウェンは答えられない。
「家族の許に帰りたいか?」
帰りたくないと言ったら嘘になる。
自分が無事だと家族に知らせたい。
家のことも心配だったし、生まれ育った城が恋しかった。
だが、戻ったら結婚しなければならない。
ネヴェンテルとの結婚に決められていた夏至の祭りはとうに過ぎている。
もしかしたら政略結婚以外に城を守る手段が見つかったのではないか?
期待する思いもあった。
「今度、南部への旅が決まった。おまえの故郷は通り道ではないが、近くを通るので寄り道をすることは可能だ。もし帰りたいなら送って行く」
ガブリエルの城は居心地が良かった。
だがメルグウェンは自分はここにいるべきではないとも思っていた。
自分はガブリエルの騎士でもなく家族でもないのだ。
もしかして私を厄介払いしたくなったのかも知れない。
不安そうな顔をして黙ったままのメルグウェンを見てガブリエルは笑った。
「まあ、帰ってみて、やっぱり俺の城の方がいいと言うなら戻ってきてもいいぞ」
「ではお願いします」
しっかりとガブリエルの目を見てメルグウェンは答えた。