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6-3

メルグウェンの侍女にとガブリエルの連れてきた女はアナという名で、キリルの城でガブリエル達兄弟の子守だった女だ。


少々口煩いが気立てのいい女で、ジョスリンやガブリエルのことをまだまだ子供と思っているところがあった。


その丸い桃色の頬と青い目を見てメルグウェンは一目で好きになった。


アナは早速メルグウェンの部屋を掃除すると、包みから出した何着かの服をきれいに畳んでベッドの足元にある大きな箱にしまった。


バザーンの城の衣裳部屋から取ってきた服しかなかったメルグウェンにとってはとても有難かった。


「捨てないで取って置いてよかったです」


アナは木の小箱をメルグウェンに差し出しながら言った。


開いてみると中には白い貝殻で作った首飾りや、紫水晶のペンダント等様々な装身具が入っていた。


決して高価な品ではないが、若い娘の喜びそうな物ばかりだ。


「これは?」


「ガブリエル様の妹のスクラエラ姫が子供の頃されていた物です。亡くなった方の物はお嫌かも知れませんけど」


「私が使ってもいいのかしら?」


「スクラエラ様が嫁がれた時に残された物で、どうしても捨てられずにしまってあったのです。宜しかったらどうぞお使いになってください」


「喜んで使わせてもらうわ。ありがとう」


早速ペンダントを着けてみる。


「あら、これは」


良く似合うと褒めていたアナがメルグウェンの腰に下がっている剣に気付いた。


「スクラエラ様の剣ですね。幼女の頃、姫は何でも兄上達と同じにすると言い張って、キリル様がこの剣を作らせたんです」


アナは薄っすらと涙を浮かべ話し続ける。


「この剣を腰に下げてジョスとガビックみたいに騎士になると胸を張っていたスクラエラ様が目に浮かびます。勿論剣をお使いになることは一度もなかったんですがね」


「可愛かったのでしょうね」


「それはもう。まるで天使のように愛らしい方でした」


「亡くなられて残念でしたね」


「もう3年になります。お産で亡くなられたのですよ。ガブリエル様はスクラエラ様がまだ幼すぎると初めからこのご結婚に反対されていたのですけど、城主様がお取り決めになられたご結婚でしたから」


アナは自分が育てた姫がその様にあっけなく逝ってしまい悔しいのだろう。


それでもメルグウェンは亡くなった姫を羨ましく思った。


自分の結婚は誰も反対などしてくれなかった。


私がネヴェンテルと結婚してお産で死んだら誰か惜しんでくれる人はいるのだろうか?




ガブリエルの城での生活は思ったよりもずっと快適だった。


初めの頃は夜中に悪夢に魘されることがあったが、段々とそれもなくなった。


数ヶ月経った頃にはメルグウェンは皆と打ち解け、皆を家族の様に思うようになっていた。


剣術は好きなだけ練習できたが、メルグウェンはそれだけではなく家事も進んで手伝った。


自分が居候だという思いがあったので、何か役に立ちたかったのだ。


アナはかってスクラエラに教えたように蜂蜜と香辛料入りの焼き菓子の作り方や、ジャムの作り方をメルグウェンに教えた。


また洗濯に使う石鹸やラベンダー水の作り方も教えた。


メルグウェンは肌着や胴着の裁ち方や縫い方をアナに教わり、騎士達に服を縫った。


その他に、アナはメルグウェンにこの地方の言葉を教えた。


初めはメルグウェンは皆標準語を話すのだから必要ないと思っていたのだったが、新しい言葉を覚えるのが楽しくなり、騎士達にも積極的に方言で話しかけるようになった。


メルグウェンが自分達の言葉を話すのを皆喜び、熱心に耳を傾け丁寧に間違いを直してくれたため数ヶ月すると意思疎通できるぐらい上達した。


ある日、メルグウェンは自分の知らない唄を教えてくれるようにルモンに頼んだ。


ルモンはギドゴアール地方の民謡だけではなく他の地方の唄も沢山知っていた。


しかしメルグウェンの故郷のエルギエーン地方の民謡は知らなかったので、メルグウェンは喜んで自分が知っている唄をルモンに教えたのだった。


ルモンは自分が持っていたラウドのうち小さい方をメルグウェンに貸してくれたので、メルグウェンは好きな時にラウドが弾けるようになり嬉しかった。


剣術の稽古は、城で剣術指南の役を務めているモルガドにつけてもらっていた。


稽古は二人の小姓カドーとマロと一緒である。


初めて稽古に行った日、カドーとマロはメルグウェンが自分達の勇姿を見に来たと思い有頂天になった。

ニヤニヤしているモルガドからメルグウェンが稽古用の剣を受け取ると、女の子に剣は向けられないと馬鹿にしたように口を尖らした二人だったが、いざ剣を交わして見るとあっと言う間に二人共手から剣を叩き落とされ、みっともない思いをしたのだった。


それ以来、カドーとマロはメルグウェンの後を子犬のようについて回っている。


二人の稽古を見ながらメルグウェンは自分の弟のマルカリードを思い浮かべ、もう少しちゃんと面倒を見てやればよかったと思うのだった。


あの頃は父親が弟ばかりを気にかけるのに嫉妬して、弟とは張り合うか無視するかのどちらかだった。


メルグウェンは何かをしている時にふと故郷を思い出すことがあった。


結婚が決まった時は城を逃げ出すことしか考えていなかった。


だが今離れてみて思い出すのは懐かしいことばかりだった。


大きな菩提樹のあるハーブの香りが漂う薬草庭園、祭りの際に作られるアーモンド入りの焼き菓子と柑橘類の花で味付けをした砂糖菓子、腕白小僧達と駆け回った城下町、弟と剣の稽古をした古い井戸のある中庭、書物を保管してある薄暗い小部屋、そして小さいが居心地のいい自分の部屋。


自分が姿を消しネヴェンテルとの結婚が中止になってしまい家族はどうしているのだろうか?


城は無事なのだろうか?


家族は少しでも私のことを悲しんでくれたのかしら?


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