6-2
セズニとメルグウェンが階段を下りると小姓の二人もついて来た。
「お前達は他にすることがあるだろう!!」
セズニが叱ると二人は残念そうに去っていった。
台所から初めて食糧貯蔵室、酒蔵、聖堂、図書室、居間、寝室と回る。
小さいけれども数十人が生活できる様に設計された機能的な城だった。
元々城主が住んでいた訳ではないので、堀は申し訳程度のものだし、城壁も頑丈な作りではなく牢屋もない。
メルグウェンは聖堂が武器倉庫となっているのにびっくりしたが、信仰深いパバーンは大層不満に思っているとセズニが笑った。
「我々は人数が少ないので、塔の見張りも武器倉庫の見張りも置くことができないのです。だから代わりにガブリエル殿が考えた罠が城の周りにあちこち仕掛けてある」
セズニは危険だから絶対に一人で城の周りを歩かぬ様にとメルグウェンに注意した。
「ガブリエル殿は定期的に罠の場所を変えさせて、新しい仕組みを考えるので、私も詳しくは知りません」
城に住み始めた頃は泥棒が何回かかかったことがあったそうだ。
図書室はガブリエルの書斎となっていた。
中に入ったメルグウェンは目を輝かせた。
この城の元の持ち主が集めたのだろう、棚には革張りの立派な書物が並んでいる。
壁には地図や海図が張られ、家具や机の上には様々な大きさの砂時計やその他メルグウェンの知らない器械が沢山あった。
「航海で使う物が殆どです。キリル様は領地内の港に船を何艘か持っておられるので」
「貴方は船に乗ったことがあるの?」
「子供の頃に一度だけ。船酔いして散々でしたが」
「私も乗せてもらえるかしら?」
「姫は面白いお方だ。怖くないんですか?」
「知らないんだもの、怖くないわ」
「普通は知らないと怖いものなんですがね」
「これは何?」
「これは羅針盤といって船の上で方角を知るために使う器械です。」
「どう使うの?」
「どこにいても、これが北を示すのですよ」
「魔法がかかっているみたいね。こっちの綺麗な機械は?」
「これはアストロラーべです。キリル様が外国の商人からお買い求めになりガブリエル殿に贈られた物と聞きました」
「どこから来たものなのかしら?」
「ガブリエル殿はこれはアランダルスの天文学者が昔から使っていた器械で、あちらでは航海にも使われていると言っていました」
「どう使うの?」
「確か船の上で緯度を計算するのに使われると」
「緯度って何?」
「海の上を西から東に走る目に見えない線です」
「どうやって計算するの?」
「星の高さを測って計算するようです」
メルグウェンは次々と質問してはセズニを困らせた。
「私もそんなに詳しくないんです。ガブリエル殿に聞かれた方がいい」
どうせまた散々馬鹿にされるだろうから聞くつもりはない。
だけどあの男は船が好きなのだろう。
こんなに色々持っているのだから。
いつか私も船に乗ってみたい。
外が暗くなる前にガブリエルは城に戻ってきた。
ルモンの他に中年の女を連れていた。
階段を上がるガブリエルの後をメルグウェンはついて行く。
ルモンに聞くより直接ガブリエルに聞いた方が早いと思ったのだ。
背後のメルグウェンに気付いたガブリエルは立ち止まった。
「何か用か?」
「お願いがあります。私に剣をください」
「自分を殺そうとする相手に剣を差し出す馬鹿がいるか?」
やっぱり。
予想通りの答えが返ってきて、メルグウェンは俯いた。
修道院にいた時の様に木の枝で作るしかないだろう。
そう思って踵を返そうとした。
「ほら」
ガブリエルの声に顔を上げると、布に包まれた細長い包みを渡される。
まさかと思うがこの大きさだとそれ以外思いつかない。
期待に胸を高鳴らせながらメルグウェンは包みを解いた。
思わずホーッと溜息が漏れた。
それは、素晴らしく美しい剣だった。
女性向けに短めに作られているが、鞘から抜き放つと切れ味の良さそうな刃は鋭く光り、細かい模様が刻まれた柄には握りやすそうに革紐が巻いてあった。
「…これは?」
「妹の剣だ」
「もう使われないのですか?」
「ああ、死んだのでな」
「…私がもらってもいいのですか?」
「そのために持って来た」
ガブリエルは輝く瞳で剣を見つめるメルグウェンを見て笑った。
「俺は馬鹿だな」
そして扉を開けると自分の部屋に入っていった。