6-1
長かった旅も残り僅かとなった。
夕方には城に着くと見たガブリエルは、その朝パバーンとイアンを早駆けで城に向わせていた。
一行は海沿いの細道を進んでいる。
幸いなことに霧は出ていなかった。
辺りの地面は暗灰色のヒースと茨で覆われており、遥か下に見える海は鉛色で波が高い。
海から吹き付ける風は身を切るように冷たかった。
山奥で育ったメルグウェンには馴染みのない景色だったが、果てしなく広がる海も荒れた崖も嫌いではないと思った。
ガブリエルとの決闘で手首を傷めたメルグウェンはルモンの馬の尻に乗せてもらっていた。
ここら辺は既にキリルの領地であり、ルモンが時々振り返って説明してくれた。
「ここから東に半日程向った所がキリル城です。今はガブリエル様のご両親と次期城主のジョスリン様のご家族が暮らしておられる」
メルグウェンは黙って聞いている。
「ガブリエル様の城はこの道を海に沿ってもう暫く進んだ所です。今頃パバーンとイアンが私達を迎える準備を大急ぎでさせているでしょう」
暫くして一行は海辺の道を折れヒースの中を奥地の方に向った。
やがて林や畑が現れ、人里が近くなった気配がしてきた。
辺りは既に薄暗くなってきている。
馬ももうすぐ城に着くと分かったのか、足並みも軽く元気になったように思えた。
そして、辺りがすっかり闇に染まった頃、とうとう一行は城に着いた。
門を入ると松明を持った家来が転がる様に出てきた。
下男と小姓のカドーである。
騎士達は馬を厩に連れて行き、後の世話を二人に任せて城に向った。
入り口の階段を上がった所でガブリエルはメルグウェンを振り返り皮肉めいた口調で言った。
「我が城へようこそ、メルグウェン姫」
メルグウェンも負けないように優雅な挨拶を返す。
「お招き有難うございます」
広間には火が赤々と燃え、大きなテーブルには果物や飲み物が置かれている。
一行が席に着くと、家来が次々と湯気の立つ料理を運んできた。
それを見て空腹だった皆は目を輝かせ歓声を上げた。
食後、久し振りに風呂に入りすっかり満足したメルグウェンは、与えられた小部屋の暖炉の前に座り髪を梳っていた。
貸してもらった男物の服は大きく膝まである。
自分の服は洗って台所に干してもらっているから明日の朝までには乾くだろう。
直ぐに薬を塗ったのが効いたのか、手首はもうそれ程傷まない。
2、3日もすれば治癒するだろう。
ガブリエルが何故自分を殺さずに城に連れてきたのかはまだ分からないが、悪い思惑があってのこととは思えなかった。
自分のことを子ども扱いして馬鹿にするガブリエルを許せないと思っていたが、同時に彼を信用する気持ちが自分にあることが不思議だった。
彼が頼りになる城主であることは、騎士達の態度で分かった。
だがバザーンの城でのことはメルグウェンの記憶から決して消えることはなく、思い出す度に怒りで頭に血が上る。
メルグウェンは明日から毎日剣術の稽古をして、いつか絶対にガブリエルを打ち負かすことを自分に誓うのだった。
翌日、メルグウェンが広間に下りていくと、セズニとドグメールが留守番を頼まれていた3人に大袈裟な身振り手振りを加えて落城と旅を語っている所だった。
3人のうちの一人は青年だったが、後の二人はメルグウェンと同じ位の歳に見えた。
メルグウェンは入っていくと皆が黙り自分の方を見たので、多分自分の話をしていたのだと思った。
皆の挨拶にメルグウェンが答えると、セズニが言った。
「ガブリエル殿は今朝早くキリル様の城に向われた。帰りは夕方になるでしょう」
「そう」
ではルモンも一緒に行ったのだろう。
剣術のことを尋ねたかったのに。
でも、自分の主人を傷つけようとした者に剣を渡して練習させてくれるだろうか?
多分ルモンはガブリエルに相談するだろう。
そしてガブリエルの気分次第で私は剣を握ることができる。
腹が立つけれど仕方がない。
ここはあの男の城。
私はお情けで居候させてもらうのだから。
物思いにふけっていたメルグウェンをセズニの声が呼び戻す。
「メルグウェン姫に城を案内するように言われています。食事が済んだら行きましょう」
簡単な食事の後、メルグウェンはセズニの後に続いて広間を出た。