5-7
ガブリエルは呆れた顔をしたが、剣を抜く前に確かめる。
「勝ち負けはどうやって決めるんだ?怪我するぞ?」
「本当は貴方を殺してしまいたいところだけど。まあ先に傷を負ったほうが負けということにしましょう」
「ふん、そんな偉そうなこと言えるのかよ。雑兵斬っただけでピーピー泣いてた癖して」
「貴方を殺しても私の良心は傷まないと思うわ」
「容赦しないぞ。後悔するなよ」
「そっちこそ後悔しないようにね」
ガブリエルが剣を抜くと、それまであんぐりと口を開けたまま二人のやり取りを観ていた騎士達が慌てて止めようとした。
「何をなさるのです」
「ガブリエル殿、相手は女性ですぞ」
「剣をお収めください」
「こいつは女なんかじゃねえよ」
ガブリエルがニヤリとして言った。
メルグウェンの目に怒りが燃え上がる。
剣を構えるとガブリエルに言い放った。
「その無礼な口を二度と聞けない様にしてあげるわ。覚悟しなさい」
そして剣を振りかぶると自分より頭一つ半背の高い男にかかって行った。
騎士達は感心した様にメルグウェンの動きを観ていた。
ガブリエルはメルグウェンを傷付けるつもりはなかった。
そして自分も怪我などしたくない。
だが本気でかかってくる相手を傷付けずにかわすのは難しい。
その上、こいつはすばしこく腕が立つ。
剣を持たせたらまるで戦の女神マーエウの生まれ変わりだ。
気を抜けば自分がやられてしまう。
だがガブリエルは、メルグウェンが一瞬でも隙を見せたら決着をつけるつもりだった。
メルグウェンの気を逸らすために話しかける。
「何でおまえは剣が使えるんだ?」
ガブリエルはメルグウェンの攻撃をかわしながら尋ねた。
「……」
「山では女にも剣術を習わせるのか?」
間合いを外しながら更に尋ねる。
「……」
「おまえは修道院で暮らしてたんだろ?」
メルグウェンはガブリエルに傷を負わそうと躍起になっている。
「尼になろうとしてたのか?」
ガブリエルの質問攻めにメルグウェンは苛立った声を上げた。
「もしかして親に捨てられたのか?」
「そんな訳ないでしょ!!!」
そう答えた瞬間、ガブリエルの剣がメルグウェンの剣を跳ね飛ばした。
メルグウェンは悲鳴を上げ腕を抱えて蹲る。
「見せてみろ」
剣を収め近寄って来たガブリエルが、メルグウェンの腕を無理矢理取って調べる。
「手首を捻ったのか。ルモン、手当てしてやれ」
メルグウェンは俯いて唇を噛んでいた。
また負けてしまった。
悔しさのあまり、必死で我慢していないと涙が零れそうだ。
だが自分を二度も打ち負かしたこの男の前で涙を見せることは自尊心が許さなかった。
ルモンが小袋から打撲傷や捻挫に効く練薬を出し、メルグウェンの傍らに跪き、薬を手首に塗って布を巻いてくれた。
暫くして落ち着いたメルグウェンはガブリエルの側に行った。
「悔しいけれど負けを認めるわ」
「じゃあ約束を守れ。俺の質問に答えろ」
「剣術は興味があったから弟と一緒に習ったの。父は反対していたわ。バザーンの修道院には結婚を嫌って逃げ出さないように入れられたの」
「結婚だと?」
「そうよ。でも信じられないんだったらそれでもいいわ。これで満足した?」
「いや。何故朝から怒っていた?」
「貴方達が女性を卑下するような態度を取るからよ。まるで女性が男のために存在しているような言い方をして」
「違うのか?」
「違うに決まってるでしょ!!私達がいなかったら人類は滅びてしまうのよ。大体騎士の掟に女性への敬意と礼儀って含まれているんじゃないの?」
黙って二人のやり取りを聞いていたドグメールがメルグウェンの前に来ると頭を下げた。
「メルグウェン姫、先程の自分の非礼をお許しください。確かに自分達の態度は騎士として失格だった」
他の騎士達も次々と戸惑っているメルグウェンに侘びを言いに来た。
ガブリエルだけは自分は謝らなきゃならないようなことはしていないと言って謝らなかったが、騎士達に囲まれているメルグウェンを満足そうな顔で見ていた。