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森に入ると生き物達はガブリエルを何百年も経っていると思われる大きな木のある場所に導いた。
四方に節くれだった太い枝を伸ばし、葉を茂らすその木は、下に立つとまるで大きな神殿のようだ。
そしてそこには他の者達の倍ぐらいの背の生き物が枝を組み合わせて作った椅子に腰掛けていた。
風貌は他の者達にそっくりだが、宝石のついた冠を被り羽や貝の飾りを沢山つけているところから見て、多分皆が女王と呼んでいる者なのだろう。
ガブリエルを連れて来た者達と鳥の囀る声のような声で暫く話した後、女王はガブリエルの方を向いた。
「騎士ガブリエルよ、ヤウン・エレージアにようこそ」
ガブリエルは丁寧に礼を返した。
「今日はお願いがあってそなたを我が国に招いた」
女王が話し出した。
「ここ数年、我が国はウルゲルミールの子孫の侵略に悩まされている。度重なる戦で恋人同士は引き裂かれ、子は親を失い、森は荒らされる一方だ」
続いて語られる話にガブリエルは愕然とした。
「我が種族は力では到底奴らに敵わない。巨人の様な奴らに抵抗するため、新月の夜、長老達の会議で重大な事柄が決定された。余の配偶者に人間の男を迎え、奴らに負けない強健な子を作るのだ。そして、その幸運な花婿に選ばれたのがそなただ」
女王が横を向いて手招きすると、いつの間にか控えていたルモンが側に来た。
ルモンは葉で作った腰巻を纏い小さな竪琴のような楽器を抱えている。
「丁度音楽家も呼んである。直ちに婚礼の準備にとりかかれ」
女王が手を叩くと、他の者達がさっと辺りに散らばった。
慌てたガブリエルが大きな声で言った。
「そのような大切なお役目に選んでいただいて光栄です。ですが、私はまだ結婚するつもりはありません」
「長老会の決定を拒否するのか?」
「…はい」
女王はガブリエルの逞しい裸体を舐めるようにジロジロと眺め回す。
その尖った小さな舌で唇を舐める仕草に、ガブリエルは嫌な汗が背中を伝うのを感じる。
「そなたは申し分のない具を備えている。それにそなたの種は余だけではなく、種族の女全員に注いでもらうことに決まっている」
冗談じゃないと思ったガブリエルは、何とかその場を言い逃れようと必死で考える。
「それは良い考えではないと思います。人間と交わったら、女王様の種族はこれから先滅んで行くでしょう」
「確かにそれは長老達も危惧していた。種族の血が薄まることを」
「でしたら止めましょう。そのようなことをせずとも侵略者達を防ぐのに私達の力をお貸しします」
「…騎士殿は余に魅力を感じないのか?」
ガブリエルは俯いて言う女王を気の毒に思ったが、女性として魅力を感じるとは言えなかった。
「見る者によっては女王様は十分魅力があると思います。私は妻としてお慕いすることはできませんが、妹としてなら…」
「無礼者!!!余の方が年上であるぞ」
何故女は皆子ども扱いされると怒るのだろうとガブリエルは可笑しくなりながら言った。
「…では姉上としてお慕い申します」
「真に残念だがそういうことにしよう。約束どおり余が助けを求めたら直ちに来て欲しい」
「分かりました」
そして女王はガブリエルに姉弟になった印に月長石の首飾りを与えたのだった。
………………
あれは夢ではなかったのか?
俺が妖精の女王の婿になるだと?
馬鹿馬鹿しい。
まあいい、どうして俺が持っていたのか分からないが、昔から月長石は悪霊を祓うと言われているから害はあるまい。
じっと考え込んでいたガブリエルは、頭を振ると、首飾りに首を通した。
夕方、森を出た一行は、以前ガブリエルがある貴族の男を隣国まで護衛した時に通った町に着いた。
ルモンがガブリエルに尋ねた。
「あの宿屋に行きますか?銅の斧でしたっけ」
行きは変装していたが、万が一ばれたら不味かったので別の宿に泊まったのだった。
「ああ、そこ別嬪がいる所だろう。だがあれは手強いぞ。俺が誘ってもちっともなびかなかった」
ドグメールがそう言うと、セズニが笑う。
「あれはドグメール殿の完敗だった。だがいい女だったな。最近流行の胸は片手に納まる程小さく、胴は両手に納まる程細くっていうのより断然好みだな」
「やっぱり女は抱き心地がいいのが一番だ」
「胸がでかくて、尻もでかいのがいいよなあ」
「おい」
自分達を冷ややかに見ているメルグウェンに気付いた男達は気まずそうに咳払いし黙った。
一行は寄って来る客引きをかわし、宿屋に向かった。
宿屋に着くと亭主が手を擦りながら出迎え、大声で召使や女房に指図している。
急に9人もの客が来て宿屋はおおわらわである。
「ソレナ!!!」
亭主が階上に向かって怒鳴る。
階段を駆け下りて来た金髪の娘がガブリエルを見て目を輝かせた。
だが後ろにいるメルグウェンに気が付いて笑みを引っ込める。
騎士のうちの誰かがヒューと口笛を吹いた。