5-4
夜中、肩先が寒くてメルグウェンは目を覚ました。
寝返りをうって焚き火の方を向き、外套を口元まで引き上げる。
眠ろうと思ったが、男達の鼾が耳について眠れない。
暫く悶々とした後、仕方なく起き上がると、見張り番のガブリエルとルモンがメルグウェンの方を見た。
「用を足しに行くんだったらついて行くぞ」
「いいえ、違います」
「じゃあ何だ。ちゃんと眠っておかないと明日馬から転げ落ちるぞ」
「……」
「ルモン、子守唄でも歌ってやれ」
もう、何だってこの男は私の気に触ることばかり言うのだろう?
わざとやっているとしか思えない。
私を怒らせて面白がっているのだ。
そんな言葉は聞こえませんでしたという風に、つんと澄まして見せるメルグウェンを見てガブリエルが噴出した。
カッとなったメルグウェンが文句を言おうと口を開きかけた時、ルモンが歌い始めた。
暗い森に叙情的な声が響き渡る。
それはギドゴアール地方に伝わる民謡で漁師の唄だった。
漁に出た男が嵐で無人島に流れ着き故郷を想い恋人を想う、もの悲しく船を漕ぐ様にゆったりとしたメロディーだった。
唄が終わり聞き惚れていたメルグウェンがふと森の方を見ると、木々の間にボンヤリとした明かりが見えた。
目を凝らすと明かりの中に狼のような動物が数匹動いているような気がした。
だが狼は後足で立ち上がったりしない。
まるで踊っているように見えるあの影は何なのか?
メルグウェンが森の方を指差すと、ガブリエルとルモンもそちらを見たが、ルモンは何も言わずにまた歌い始めた。
カエルの晩課と呼ばれる数え歌である。
1から12まで順番に繰り返される呪文の様な歌詞は、深い意味があるのか、ただ言葉を並べているだけなのか分からないが、聞いていると不思議な神秘的な気持ちになる。
メルグウェンも子供の頃に習って知っているその唄を小さな声で口ずさむ。
何度も何度も繰り返しているうちにメルグウェンは瞼が重くなり、座っていられなくなった。
そのまま横になると数秒で意識が途切れた。
翌朝、目を覚ましたメルグウェンは真っ先にルモンの側に行った。
挨拶の後、早速気になっていることを尋ねた。
「昨日の夜、貴方が歌っていた時に森の中に何かがいるのが見えたでしょ?」
「何かって何ですか?」
「明かりの中で何かが踊っていたわよね?」
ルモンは黙ってメルグウェンのことをまじまじと見つめる。
メルグウェンは恐々と質問を繰り返した。
「…もしかして、何も見なかったの?」
「何もいませんでしたよ。夢じゃないですか?」
眠ってもいなかったのに、夢を見る筈はない。
では、あれは目の錯覚だったのか?
「そう」
メルグウェンは釈然としないまま焚き火の方に戻った。
その為、後ろでルモンが呟いたことは耳に入らなかった。
「私も妙な夢を見ましたよ。ガブリエル様のご婚礼はどうなったのでしょうね?」
ガブリエルは見たことのない首飾りをじっと見つめていた。
何故か今朝目を覚ました時に自分が手に握っていたのだ。
首飾りは乳白色に青い光が混じる月長石に紐がついたシンプルなものだ。
金属の部分は黒ずんでおり、かなり古い物と思われた。
昨夜は見張りをパバーンとモルガドと交代して、その後はすぐ眠ってしまった。
そして奇妙な夢を見た。
………………
気が付くと草原に仰向けに寝ていた。
空は青く遥か遠くに雲が浮かんでいる。
自分の上に屈みこむいくつもの小さな顔。
顔の大部分を金色の丸い目が占めている。
唇の薄い口からは小さく尖った歯が覗いており、毛の生えた耳は大きく尖っていた。
髪が短い者もいれば、長くみつ編みにしている者もいたが、皆羽や貝やガラス玉の飾りをつけている。
皮膚は茶褐色で細かい皺がよっていて、木の皮で出来た服を着ている者もいたが、大抵は裸だった。
「ここはどこだ?」
ガブリエルはそう言うと身を起こそうとした。
見ると自分も裸だった。
「ここは夜の闇に通じる世界」
一人がそう答えると別の一人が言った。
「女王様の所にご案内しよう」
「おまえ達人間の言葉が話せるのだな」
ガブリエルは感心すると立ち上がり、小さな生き物達の後に続いた。