5-3
翌朝メルグウェンが目を覚ますと、皆既に起きて朝食を取っているところだった。
まだあたりは暗く、凍ってはいないがとても寒い。
パチパチと燃え盛る焚き火がありがたかった。
メルグウェンは外套に包まったまま起き上がり、手を火にかざした。
硬い地面に寝ていた所為で体の節々が痛い。
ガブリエルはチラッとメルグウェンの方を見たが、何も言わずに武器の手入れをしている。
「お早うございます、メルグウェン姫。どうぞ」
振り向くと、青い目の男が火で炙ったベーコンを乗せたパンをメルグウェンに差し出していた。
「ありがとう」
メルグウェンは受け取りながら頬を染めた。
夜中にうなされて、誰かに抱き締められた記憶がある。
もしかしたら、あれは私の面倒を見てくれるこの男だったのではないか?
「貴方の名前は何ていうの?」
「ガブリエル様の近習のルモンと申します」
「ルモン、いつもありがとう」
立ち上がって馬の方に行きながら、ルモンが言うのが聞こえた。
「正当防衛は殺人とは違うと思います」
メルグウェンがルモンの後姿を見送っていると、別の男が声をかけてきた。
「どうぞ。熱いですからお気をつけ下さい」
差し出されたのは、金属製のコップに入った肉桂、生姜、胡椒等で香り付けた葡萄酒だった。
「私はガブリエル殿の騎士の一人でセズニと言います」
茸の傘のような髪型をした人懐こそうな丸顔の男は、湯気の立つ葡萄酒を啜っているメルグウェンに仲間の騎士達を紹介した。
「ガブリエル殿には、亡くなられたスクラエラ姫と思ってお仕えしろと…」
話し続けるセズニをガブリエルが遮った。
「セズニ、そんな子供に構っていないで、早く準備しろ。出発するぞ」
メルグウェンは憤慨していた。
あのガブリエル・キリルという男は本当に頭にくる。
確かに騎士達と口をきくつもりはなかったけれど。
親切にしてくれた人に礼を言って少し話したからって、何であんな失礼なこと言われなくちゃならないんだろう?
ガブリエルはメルグウェンに興味がないと言っていたが、メルグウェンは他の騎士達に対して少なからず警戒心を抱いていた。
しかし彼らは皆彼女に礼儀正しく接し、細やかな心遣いを見せる者も何人かいた。
あの男以外は。
あの男は騎士として女性に対する礼儀をわきまえていない。
でも、もし私が文句を言おうものなら、おまえは女性でないから丁寧に扱う必要なんかないみたいなことを言うんだろう。
剣があったらすぐにでも勝負してやるのに。
あの時は私が躓いたから負けてしまったけど、今度は絶対に負けるものか。
子供だって馬鹿にしたのを後悔させてやる。
メルグウェンは跪いて命乞いをするガブリエルを思い浮かべ溜飲を下げた。
まだ薄暗い道を一行は一列になって進んだ。
後少ししたら川沿いの道を外れ北に向かう。
その日のうちにギドゴアール地方に入り、ブレシリアンの森で野宿することになっていた。
ブレシリアンの森って妖精の住みかって言われるあの森よね?
妖精は現れるかしら?
妖精ってどんな風なんだろう?
やっぱり母上の部屋に飾ってあるタペストリーに描かれているような綺麗な女の人なのだろうか?
午後になり森に入った。
あたりが薄暗くなり始めると、ガブリエルは松明に火をつけるように言った。
松明を持つように言われたメルグウェンは顔を顰めた。
片手で馬を御するのには馴れている。
けれども、松明は髪に火が燃え移らない様に注意しなければならず、炎が眩しいと目が眩んで道が見えないのだ。
「狼に食われたくないんだったらちゃんと持ってろよ」
「狼ですって?」
「ガキは羊か豚みたいに丸ごと食われてしまうらしいからな」
「貴方こそ狼の餌食になってしまえばいいわ」
からかうと面白い様に反応する。
子供と言われる度に本気で怒るメルグウェンを見てガブリエルは笑った。
怒るのは悪くない。
いくらでも彼女の怒りを受け止めてやる。
それで彼女の意識が逸れるのだったら。