5-2
ガブリエルは女の叫び声で目を覚まし飛び起きた。
辺りを見ると、自分の足元で寝ていた筈のメルグウェンが目を見開き、恐怖に引きつった顔をして座っていた。
瞳孔の開いたその目は何も映していない。
ガブリエルは、見張り番のドグメールと近習のイアンが立ち上がろうとするのを目で止め、メルグウェンを引き寄せる。
メルグウェンは抵抗し、ガブリエルの胸を叩き顔を引っ掻いた。
髪を掴もうとする手を捕らえ、自分の胸に抱き寄せる。
そして支離滅裂なことを叫び、泣いて暴れるメルグウェンを腕に閉じ込め優しく背中をさすった。
暴れるのを止めたメルグウェンは暫くの間泣いていたが、そのうち大人しくなったので顔を覗いてみると眠っていた。
涙に濡れた丸い頬を焚き火が照らし出す。
ガブリエルはメルグウェンを外套に包み、抱き締めたまま地面に横たわった。
かわいそうに。
多分戦なんて初めてなのだろう。
そして人を斬ったのも。
ガブリエルは城で留守番をしているカドーを思い浮かべた。
あいつだったら多分敵と戦う前に泣いて逃げ出しているな。
それに比べてこの娘は勇敢に戦った。
俺が剣を突きつけても許しを請ったりしなかった。
悪夢を見て怯えたからといって、誰もおまえを臆病者とは思わないだろう。
だけど、もういい。
もう無理に気丈に振舞うことはない。
これからは俺が守ってやる。
メルグウェンは目に見えない敵と戦っていた。
力いっぱい目の前の暗闇に斬りつけた。
刃が闇を切り裂く。
手応えがあった。
血の匂いがする。
パッと辺りが明るくなった。
私が殺した男が足元に転がっている。
顔を上げると絞首台にぶら下がっている死体が見えた。
あれは私の父上、母上と弟だ。
私が殺したの?
…私…が?
…違う。
私じゃない!!!
私が殺したんじゃない!!!!!
夢の中のメルグウェンはそう叫びながらも自分が殺したことを知っていた。
……私はただ剣を握るのが好きだっただけなのに……
苦しさのあまり悲鳴を上げ、もがいていると誰かに抱き締められた。
あれは、いつだったんだろう?
父上が戦に行かれる前、幼い私を抱き上げて頬擦りしてくれた。
他にもあったのだろうけど、父上に抱き締められた記憶はその一回しかなかった。
頬に当たる硬くて冷たい鎖帷子、私を包む力強い父上の腕の感触。
幼い私は戦が何かも分からず、父上に愛されていると感じて嬉しかったんだ。
そう、あの頃私は幸せだった。
……貴方は誰?
私を優しく抱き締めてくれるのは誰なの?
誰だか分からないけれど、とても安心する。
その心地よさに強張った体から次第に力が抜けた。
「俺が守ってやる」
低い声が耳元でそう言うのを聞くと、全てが真っ暗になり何も分からなくなった。