5-1
ガブリエルはメルグウェンを連れて城の中庭に戻った。
中庭ではまだ戦いの後始末が終わっておらず、ザルビエルの家来やメレイヌの兵の死体が残っている。
そして中心には俄か作りの絞首台があり、城主とその家族がぶら下がっていた。
裸に剥かれた彼らの死体を見てメルグウェンは涙を流した。
ガブリエルは厩の前に座り込んでいた騎士達の所に行き、ギドゴアール地方の方言で暫く話すと、メルグウェンを仲間に託し絞首台の横に立っているメレイヌの方に歩いていった。
方言は各地方にあったが、貴族は子供の頃から標準語を話すように躾けられている。
しかし貴族であっても同郷出身者とは方言で話す者が多かった。
ギドゴアール地方の方言は、遥か昔にその土地を通ってアイルカ島まで攻め込んだガラワン民族の言語に強く影響を受けており、その地方出身ではない者にはさっぱり分からない。
メレイヌは数人の兵に指示を与えているところだった。
彼らが馬に乗って町の方に走り去るのを見たガブリエルはメレイヌに近づいた。
「メレイヌ殿、私達はこれで帰ります」
「キリル殿、噂に違わず良い働きだった。その旨ご報告しよう」
メレイヌは誰にとは言わなかったが、伯父であるジュディカエル王に報告するのだとガブリエルは思った。
「礼を言います。それから戦利品としてあの子供と馬を一頭頂きたい」
騎士達の方を指差して言った。
メレイヌは意外だとでも言うようにガブリエルをジロジロ見たが頷いた。
「いいだろう。馬は鹿毛の中の一頭を取れ」
バザーンの大聖堂の鐘が鳴り響く中、ガブリエルら一行は城下町の門を出てパエール河を渡っていた。
朝早いにも拘らず、既に河には小船が行き交い、橋は門が開くのを待つ荷馬車の列ができていた。
城が占領されたのをまだ誰も知らないのだろう。
メルグウェンはこの橋を父親と渡った日のことを思い出していた。
あれからまだ数ヶ月しか経っていないのに随分昔のことのようだ。
修道院はどうなったのだろう?
寄宿生達は殆ど実家に戻っていたから良かったけれど、修道女達は無事なのだろうか?
メルグウェンは騎士達とは口をききたくなかった。
特にあの無礼なキリルとかいう男とは。
勝負に負けたことはとても悔しかったし、その後のことは今思い出しても腹が煮え繰り返るようだ。
あの男、いつか絶対に打ち負かしてやる。
だけど私が呪いの真似事をしたらあんなにも怖がっていた。
ふん、偉そうにしているけれど本当は臆病者なんだ。
それにしても、自分の城に私を連れ帰ってどうしようというのだろう?
自分はガキには興味ないと言っていたから、その面では安心できるのだろうけど。
それに仕返しするには近くにいた方がいい。
馬に揺られながらメルグウェンは考える。
私がいなくなって父上は悲しむだろうか?
それとも政略結婚の駒がいなくなって損したとしか思わないのかしら?
私がネヴェンテル様と結婚しないと家はどうなってしまうのだろう?
家のことは心配だったが、娘を利用せずに父と弟で何とかすれば良いのにという思いもあった。
そして、これから妖精の住みかと言われるギドゴアール地方に行くことを思うと、メルグウェンの冒険好きな心は躍るのだった。
その日は昼食を取るため少しばかり休んだだけで、薄暗くなるまでパエール河の川沿いの道を進んだ。
空は曇っていたが運良く雨は降らなかった。
しかし空気は冷たく、馬から下りたメルグウェンは騎士の一人が貸してくれた外套を羽織っていたにも拘らず、体が冷え切っていた。
野宿をするのは生まれて初めてである。
悴んだ手を擦り合わせながら、やっと燃え上がった焚き火にそろそろと近づいた。
焚き火の周りに座り込んでいた男達が気付いて席を空けてくれる。
男の一人が収穫感謝の祈りを捧げる。
大きな袋から食べ物を取り出した別の男が皆に配り、メルグウェンにもパンとチーズをくれた。
朝バザーンを出るときに外套をメルグウェンに貸してくれた男だ。
マルゴーと同じ様な青い目をしているとメルグウェンは思った。
修道院は嫌いだったが、初めてできた女友達とこんなに早く別れてしまったのは残念だった。
小さな声で礼を言い、パンをちぎって口に運ぶ。
久し振りに外の空気を吸って運動した所為で腹が減っていた。
食事が終わると青い目の男が楽器を取り出した。
バザーンではバルハートと呼ばれているラウドだ。
旅行用なのか小型で扱いやすそうだった。
楽器を爪弾きながら良い声で歌う男を見て、メルグウェンはこの人とはお話ししてもいいかも知れないと思った。
マルゴーと同じ目をしているし、大好きなラウドをこんなに上手に弾けるんだもの。
焚き火の周りの男達は皆気持ち良さそうに聞き入っている。
そうして感謝祭の夜は更けていった。