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その年の冬にメルグウェンは初潮を迎えた。
13歳になった少女は、以前の様に頻繁に城を抜け出すことはなくなった。
ある朝、メルグウェンは、着替えを手伝いに来た侍女から朝食がすんだら父親から呼ばれていることを伝えられた。
ノックをして部屋に入ると窓から外を眺めていたダネールが振り向いた。
部屋の隅に立っていた見知らぬ婦人が少女を見て頷く。
腰を屈めて挨拶をする娘を冷ややかに見ていたダネールが口を開いた。
「メルグウェン、大人の女にはやらなくてはならない仕事がある。おまえは今まで何を習ってきたのか?」
「ラウドを弾いて歌う事ができます。それから本を読んだり、詩を書くことも」
「それは聞いておる。針仕事や糸紡ぎが下手なこともな」
メルグウェンは、この頑固で厳格な父が苦手であった。
また、跡継ぎの弟ばかりを気にかける父を恨んでもいた。
何年もの間、ほったらかしにしていたくせに、今更何だというのだろう。
「乗馬と剣術の腕前は、剣術指南にお聞きになったらいいわ」
「馬鹿者!!!乗馬はまだしも女が剣を扱って何の役に立つ?!女は自分の主人の剣に護られればよいのだ」
「…」
ダネールは中年の婦人を手招くと、唇を噛んで俯いている娘に近づいた。
「おまえの叔母のマリアニッグだ。幼い頃に会ったことがあろう。昨年夫を無くし息子夫婦に代を譲ったので、わしが引き取った。おまえの母の代わりに色々教えてもらうとよい」
「…はい。ようこそ叔母上」
「おまえもそろそろ婚期だ。明日からは真面目に針仕事に励むがよい。また、音楽だけではなく踊りもできるようになりなさい」
息子1人と娘3人を育て上げたマリアニッグは厳しかった。
マリアニッグは、自分の姪の時間割や上達について、更に姪の態度や彼女に対する不満まで全て兄のダネールに定期的に報告したため、メルグウェンも以前の様に怠けることはできなかった。
初めは反発していたメルグウェンも、やはり自分を目にかけてくれる人ができて嬉しいのか、次第に言うことを聞くようになった。
幸いなことに踊りは思ったよりも楽しかったし、あんなに肩が凝った針仕事も続けるうちに無意識に針を運べる様になった。
自分が考えた構図が、麻糸で敷布やテーブルクロスに綺麗に刺繍された様を見るのも嬉しかった。
しかし、やはり剣を持てないのは辛く、夜自分の部屋に入ってから寝るまでのひと時、暖炉のひっかき棒を手に一人剣術の稽古をするのであった。
自分の嫁入り道具を作らされているのは意識していたが、具体的に結婚は決まっていないのだと思っていた。
ある日の午後、暖かい春の日差しの中、薬草庭園にある菩提樹の下に座り、一人糸を紡いでいたメルグウェンは、洗濯物を取り込んでいる召使達の会話を耳にしてしまう。
「とうとうお決まりですってね」
「夏至の祭りの日にご婚約されるそうよ」
小声での会話は聞き取り辛く、メルグウェンは糸車を放り出すと、気づかれない様に四つん這いになり侍女達に近づいた。
服が土で汚れたが、その様なことに構ってはいられない。
「姫がお生まれになった時から決まっていたお話だそうだから」
「ご結婚は一年後と聞いたわ」
ローズマリーの茂みに隠れたメルグウェンは、相手の名前が聞こえないか耳を澄ます。
「ネヴェンテル様の領地は、ネヴェン城からセリニャックの死火山まで広がっているそうね」
「あれ程のお方がこのお年までご結婚なさっていないのも不思議よね」
「やっぱり姫の持参金目当てかしら」
「シーッ!!!誰かに聞かれたらまずいわよ」