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暫く耳を澄ませていたメルグウェンは、暖炉の熾で燭台に火を灯すと大急ぎで服を着て部屋を飛び出した。
廊下の窓から中庭を見ると、松明の火が飛び交い警備の兵が何者かと打ち合っているのが見えた。
「ザルビエル様、狼藉者です。早く起きてください!!!」
城主の部屋の扉を拳で叩く。
中で慌てて起き上がる気配がした。
メルグウェンは階段を駆け上り、武器倉庫に向かった。
武器倉庫の前には兵が二人いたが、まだ何も知らない様子で、息せき切ったメルグウェンを見ると大層驚いた。
「城が襲撃されました。戦う準備をしてください!!!」
メルグウェンが叫ぶと二人は緊張した面持ちで口々に尋ねる。
「ザルビエル様は?」
「敵はどこに?」
「ザルビエル様は今起きられるところです。敵は既に中庭に入って来ています」
二人は大声で眠っている仲間を起こした。
「ザルビエル様にお届けする武具はありますか?それからできれば私も剣と盾をお借りしたい」
メルグウェンが武具を抱えて階段を駆け下りると、丁度上がってきたザルビエルの家来達とすれ違った。
「ザルビエル様の武具は私が持っています」
そう叫ぶとメルグウェンは城主の寝室に急いだ。
「メルグウェン姫、感謝します。貴方がいなかったら寝床の中で殺されるところでした」
武具を身に着けながらザルビエルが謝った。
「申し訳ない。貴方のお父上に約束をしていながらこんなことになってしまった。もし貴方の身に何かあったら謝っても謝りきれない」
「いいえ。ザルビエル様のご親切、感謝しております」
メルグウェンは緊張した顔にそれでも微笑を浮かべると、武装した家来達と広間に下りていく城主を見送った。
「何故貴方が剣なんか持っているの?」
刺々しい声に振り向くと、服を着たザルビエルの娘二人と奥方がメルグウェンを睨んでいた。
「狼藉者を手引きしたのは貴方なの?」
奥方が扉の前で寝室を守っている兵を呼ぶ。
「この娘を捕らえなさい」
兵はザルビエルの言ったことを聞いていたので躊躇している。
「その様なことはしていません。ご婦人の保護を頼みます」
メルグウェンは兵に向かってそう言い捨てて階段を下りて行った。
怖くないと言ったら嘘になる。
窓から覗いただけでは敵はどの位の人数かは分からなかったが、城に容易く侵入できたことから見ても十分に準備をして攻めて来ているものと思えた。
城が落ちた時、女達にはどのような運命が待ち受けているかは知っている。
だがメルグウェンはおめおめと敵の手に落ちるつもりはなかった。
自分の剣で可能な限りの敵を討ち、恥を受ける前に自害するつもりであった。
暗い広間には誰もいなかった。
しかし外からは叫び声や何かを引き摺る音、金属がぶつかり合う音が聞こえてくる。
あれ程嫌いだったら修道院が懐かしく思える。
城から抜け出すことはできるのだろうか?
万が一城から出ることができたとしても、町はどうなっているのだろう?
修道院は?
メレイヌの軍はジルードのお蔭で簡単に城に侵入できたが、警備兵の思わぬ抵抗にあい、なかなか主塔に入れないでいた。
その上、城主が武装した家来を引き連れて現れると、警備兵は勢いを増しメレイヌの軍を追い返した。
メレイヌは焦っていた。
日の出まで少し時間はあるが、町人が目覚める前に戦いを終わらせなければならない。
目の前の敵を倒したガブリエルは、あたりを見回し状況を見て取るとルモンを呼んだ。
ルモンは頷くと直ちに仲間の騎士達にガブリエルの指示を伝えに行く。
「城主をその家来から引き離せ。城主を倒す必要はない」
騎士達は少しずつザルビエルに近づいていく。
大剣を振り回して戦っている巨漢の城主は、軍神さながらの迫力だ。
しかし騎士達は怯むことなく、一人また一人と城主の前に現れては相手になる。
その焦らす様な態度にザルビエルは苛立ち、自分が主塔の前から離れ、家来とも引き離されていくのに気付いていない。
気が付いた家来達が助けに駆け寄ろうとした時、メレイヌの兵が主塔に雪崩れ込んだ。