3-5
旅は順調に続き、夕暮れ時には時折自分達以外の足音が聞こえる気がしたが、何者にも出くわすことなく、一行は約束の町に着いた。
いかにも旅人らしい彼らを見て、宿屋の客引きが寄って来る。
この季節、客は少なく、誰も彼も客の気を引くのに一生懸命だ。
「どうぞ、どうぞ。ご立派な騎士様ご一行様」
「ようこそ、いらっしゃいませ」
「美味しい料理に清潔な寝床があります」
「こちらがこの町一番の宿屋です」
「一番はこっちですよ」
「いやいや俺の所が一番だ」
喧嘩になりそうな雰囲気だ。
その中で何も言わずに近づいて来て、ガブリエルの馬の手綱を取った娘がいた。
ぴっちりとした胴着が豊満な体を締め付け、スカートの上に真っ白い前掛けをしている。
髪は布で包んであったが、魅力的な顔の周りを金色のカールが囲んでいた。
「ここに行くぞ」
ガブリエルがそう言うと、他の客引きはあっと言う間に散っていった。
すたすたと歩いていく娘の後に馬で続く。
娘が案内したのは『銅の斧』という看板の下がっている小奇麗な宿屋だった。
亭主に部屋に案内され荷物を下ろした後、3人は食事をするため下の広間に降りた。
「何で金や銀じゃなくて銅の斧なんでしょうね?」
長いベンチに腰掛けながらカドーが言った。
「あの娘に聞いてみりゃいいじゃないか」
「ルモン殿が聞いてくださいよ」
怖そうに首を竦めているカドーを見てガブリエルが笑う。
「そんなんじゃ、いつまで経っても恋人はできないぞ」
「今はとても忙しくって恋人なんか作っている暇はありません!!」
真っ赤になってあたふたしているカドーを見て二人は噴出した。
薄暗い広間は居心地が良かった。
大きな暖炉には火が燃え、天井の梁から大きなハムやソーセージがぶら下がっている。
給仕に来た娘にルモンが尋ねる。
「何で銅の斧なんだね?」
「金銀の斧は勿体無くて私どもには扱えません。高級宿ではないけれど、鉄の斧よりは少しはましですよってことです」
「ふーん、そういうことか」
「騎士様達はこの寒い中どこに行かれるのですか?」
「妖精を探して旅している。ここら辺はよく出ると聞いたのでね」
真面目な顔をして答えるガブリエルに娘は眉を顰める。
「ブレシリアンの森には沢山いるって聞きますけど、近寄ったら危ないですよ」
「それはギョロ目で耳の尖った奴らか?」
「騎士様はご覧になったことがあるのですか?」
「いや、明日見に行くつもりだ。一緒に行くか?」
ガブリエルが自分をからかっていることに気付いた娘は、流し目で睨み、持っていた布巾でガブリエルの肩をぶつ振りをするとテーブルを離れた。
「畜生、あの娘は絶対今夜ガブリエル殿の寝床に潜り込んで来ますよ」
ルモンが悔しそうに言った。
「なんなら俺と入れ替わるか?」
「いえいえ、悔しいですが遠慮します」
宿屋は空いていたのでガブリエルは、ルモンとカドーにもベッドを取ってやろうと言ったが、ルモンが、家来が騎士と同じ様にベッドで休んだら怪しまれると言って断ったのだった。
騎士の家来は他の客と一緒に屋根裏部屋の藁の上で休むのだ。
カーテンで囲われたベッドは金持ちの貴族のためだった。
翌日、朝早くから食堂に下りた3人は朝食を取ると、娘に待ち合わせ場所の聖堂への行き方を聞き宿を出た。