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メルグウェン姫と騎士ガブリエルの物語  作者: 海乃野瑠
第1章 - メルグウェン
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1-1

カシーン、カシーン


中庭に金属がぶつかり合う音が響く。


その音に時折甲高い声が混じる。


木製の盾で体を庇い、剣を打ち合わせる子供が二人。


共に胴着とタイツ姿で身長は同じ位か。


一際高い叫び声と共に片方の剣が綺麗な放物線を描いて飛んでいく。


「お見事、グウェン様。マルカリード殿は、まだまだ練習が必要ですな」


年取った剣術指南の褒め言葉に真っ赤に火照った顔に悪戯そうな大きな黒い瞳を輝かせ、少女は白い歯を見せて笑った。


あたかもスカートを着ているかのように裾を摘む振りをし、腰を屈めて優雅な礼をする。


1歳年下の弟は悔しそうに口をすぼめると、井戸の近くに落ちた剣を拾いに行った。




ダネールは、次の城主となる長男マルカリードには首都から迎えた教師を何人もつけ厳しく育てだが、長女メルグウェンのことを目にかけることはまれだった。


メルグウェンに女の仕事を教えるべきふたりの母親は、気の病を何年も患った後、宗教に凝るようになり、一日の殆どを空気のどんよりとした薄暗い礼拝堂で過ごしている。


弟が勉強している間、同じ部屋で刺繍をしたり糸を紡いでいた筈のメルグウェンは、読み書きができるようになり、いつの間にか弟より数学も地理歴史もはたまた乗馬、武芸もできるようになっていた。


特に剣術は筋がよく、めきめきと腕を上げ、練習試合では5回に1回は剣術指南に勝てるまでになった。


反対に刺繍も糸紡ぎも上達しなかったが、音楽だけは好きでラウドを弾きながら澄んだ声で民謡を歌うことができた。


姉と弟の仲は特に悪くなかったが、良くもなかった。


マルカリードは、この怖いもの知らずで男勝りな姉を恐れていたし、メルグウェンは、甘えん坊で意気地なしの弟を馬鹿にしているところがあった。


親の目がないのをいいことに、メルグウェンは頻繁に城を抜け出しては、城下町で商家の子供達に混じって遊んでいた。


その子供達を引き連れているのは、宿屋の息子のリグワルという名の腕白小僧である。


無鉄砲な性格ではあったが、面倒見がよいその少年を仲間は慕っていた。


メルグウェンは、自分より1つ年上のその少年と集団の頭の座を張り合い、挙句の果てに考えつくありったけの悪戯を二人でやってのけるのだった。


城を抜け出す折には、武芸の稽古の時と同様に弟の服を借りていたため、メルグウェンとリグワルはよく兄弟に間違われた。


二人共黒髪黒目であったが、少年の硬い巻き毛に対して少女はすべらかで豊かな髪を後ろで束ねていた。




その日も3、4人の少年を従えた二人は、賑やかな市場に紛れ込み、林檎や菓子パンを屋台主の目を盗んで掠め取った後、場違いに着飾った質屋の妻とでっぷり太った肉屋の女房の服の裾を縫い合わせることに成功し、二人の女が取っ組み合いの喧嘩を始める前にその場を逃げ出した。


町外れの農家の納屋に忍び込み、人数分に公平に分けた果物と菓子を頬張りながら、リグワルは思い出し笑いをした。


2年前の冬、妹が病にかかり薬を買う金がなく両親が困っていた際にリグワルは、親に内緒で祖父母にもらった洗礼のメダルを質屋に持って行ったことがある。


訳を話しても銅貨1枚余分にくれなかった質屋を恨んだ。


その後、親にばれて顔が赤紫に腫れ上がるほど殴られた。


メダルはいまだに取り戻せていない。


肉屋の女房は、この前リグワルの母親と口喧嘩をしてから、よい肉を売ってくれなくなったと両親が嘆いていたのを聞いている。


「おまえ、あの思いつきは最高だったな。ざまあみろだ、あの婆達!!!」


積んである干草の上に勢い良く仰向けに倒れこみながら、リグワルは快活に笑った。


メルグウェンは微笑んで、自分の分の菓子をゆっくりと口に運ぶ。


もうすぐ城に帰らなくてはならない。城の外はこんなにも面白いのに。


一口で自分達の分け前を飲み込んでしまった少年達は、まだ腹が減っているのか納屋から抜け出し、肩車をして裏庭の林檎の木から林檎をもごうとしていた。


リグワルは草を噛みつつ寝転んだまま、林檎を齧っている少女を横目で眺める。


「なあ、俺とおまえが組めば怖いものなしじゃん。おまえがもうちょっとでかくなったら俺の女にしてやってもいいぜ」


頬を染めたメルグウェンは、ニヤニヤしている無遠慮な少年を睨み付けた。


「ふん。あなたが素敵な大人になったら、私の男にしてやってもいいわよ。でも、あなたには到底無理そうね」


勢い良く飛び起きた少年は、びっくりしている少女が何も言えぬ間に肩を掴んで押し倒した。


少年を見上げている少女の瞳は明るく、怯えはない。


ふっくらとした桃色の唇に少年は自分の唇を押し付けた。


その不器用な接吻に少女は笑い、自分からもう一度唇を合わせた。


少年の手が自分の体にぎこちなく触れるのを感じたメルグウェンは、彼を押しのけ起き上がった。


「もう帰らなきゃ」


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