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2-7

収穫祭の時と同様に感謝祭の1週間前から修道院内は騒がしかったが、娘達が帰路につくにつれ静けさを取り戻す。


待ちに待ったザルビエルの迎えは、祭りの2日前の朝に来た。


前日に知らせを受けていたメルグウェンは、修道院に来た時に着ていた服を身に着けて待っていた。


数着の着替えと肌着だけの小さな荷物を抱えて、ザルビエルの御者と侍女に付き添われて修道院の敷地を出た。


外は朝から薄暗く霧雨が降っているにも拘らず、メルグウェンにとっては明るく眩しく思えるのだった。


馬車までの道を歩きながらひんやりと湿った空気を胸いっぱいに吸い込む。


数日間だけだが自分は自由だと感じるのは気持ちが良いものだ。


城に着くと城主自らメルグウェンを迎えに現れた。


客間に案内され落ち着くと奥方と娘二人が挨拶に来た。


奥方はメルグウェンに対して礼儀正しかったが、あまり興味はなさそうだった。


娘二人は初めて会った時の様にメルグウェンの服装をジロジロ観察していたが、口では来てくれて嬉しいというようなことを言った。


奥方と娘達とはあまり気が合いそうもないとがっかりしたメルグウェンだったが、ザルビエルのことは信頼できる親切な人だと思った。


どうやらザルビエルは外見に違わず優しい心の持ち主で、親元を離れて暮らしているメルグウェンを気の毒に思い、同じ年頃の娘がいる自分の城に招待してくれた様だった。


ザルビエルの婿のジルードとは食事の時に顔を合わせた。


自分の魅力を十分に承知し余裕たっぷりで、都会人らしく話術の巧みな男をメルグウェンは初めから苦手だと思った。


何気ない顔で雑談に応じながら冷静な目で人を観察しているジルードを危険な男と感じていた。


何故かジルードは執拗なくらいにメルグウェンの家のことを聞きたがった。


その口調が気に食わなかったメルグウェンは失礼にならない程度に素っ気無く答えた。




次の日の朝、習慣で早く目が覚めてしまったメルグウェンは、窓の外が明るくなるとすぐ起き出した。


前夜祭の準備でおおわらわな城内は、メルグウェンにダネールの城を思い出させた。


感謝祭は明るい季節から暗い季節への移り変わりを祝う祭りであり、年一回感謝祭の前夜には神々の世界の扉が開くと言われている。


そして迷信深い人々は死者の霊が地上を彷徨う日と信じていた。


祭りを中心に前後の7日間は、年の流れに含まれない非時間的な期間とされ、戦士は征服や襲撃を止め、農耕民や牧畜民、職人は仕事を休む習慣だった。


その期間は町の広場に市が立つ。


大きな町ではこの日の為に辺り一帯から農家で取れた蜂蜜や葡萄酒を売りに来る農夫、砂糖漬けや薬草を売りに来る修道士、珍しい外国の布や香料を売る商人、見世物や大道芸等が集まりとても賑やかになる。


前夜祭には大掛かりな焚き火が焚かれ、その神聖とされる火を人々は松明に移し、大切に家に持ち帰りかまどに入れるのだった。


祭りの日には朝から大聖堂で礼拝がある。




メルグウェンは城主の娘達と一緒に城内に飾る麦の穂の小さな束を作り、林檎遊びで使う林檎を選んだ。


次女のコリーンは修道院での生活を詳しく聞きたがった。


メルグウェンが寄宿生の時間割と規則を話すと、姉のエステルと顔を見合わせて大袈裟に笑った。


「よくそんな場所で暮らせるわね」


「仲の良い友達もできたし、色々教わることはあるわ」


メルグウェンはそう答えながら、何故自分も嫌っている修道院を悪く言われると腹が立つのだろうと不思議になる。


やがて城主の娘達は支度をして来るからと言って、メルグウェンを残して出て行った。


メルグウェンも自分に与えられた部屋に戻り、持ってきた中では一番地味ではない服を出して着替える。


修道院までザルビエルが迎えに寄こした侍女が着替えを手伝い、髪を結い上げてくれた。




前夜祭の夜、城での食事には町の長老や祭司等の有力人物が招待されていた。


メルグウェンは城主の客としてジルードと祭司の間に座らせられた。


ザルビエルに悪気はなかっただろうが、メルグウェンにとって食事の時間はとても長く感じられた。


ジルードはもうメルグウェンには興味はない様で、反対側に座っている義妹のコリーンとずっと話していた。


正面に座っている妻のエステルも時々会話に加わり、楽しそうに笑い合っている。


目をショボショボさせた猫背の祭司は、修道院長をよく知っていると言い、修道院のことを色々尋ねてきたので、メルグウェンは居心地が悪かった。


食事が終わると音楽が始まり、城主の娘達は唄と踊りを披露した。


メルグウェンもあまり気が進まなかったが、ザルビエルの親切に応えようと思い皆の前でラウドを演奏した。


ザルビエルの奥方のものだったラウドは、バザーンではバルハートと呼ばれており、メルグウェンが家で弾いていたものよりも本体が丸く大きく弦が硬かった。


あまり上手く演奏できなかったと思ったが、城の客は綺麗な音色だと褒めそやし、メルグウェンの生まれ故郷について色々尋ねるのだった。


夜が明けるまで、人々は飲み、歌い、踊った。


それは、栄える町バザーンの最後の平和な夜となった。


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