15-14
大聖堂の前で馬を下りた二人は、階段を並んで上り正面玄関の前で向かい合った。
優美なアーチを描く天井の下で、今一度確認するようにメルグウェンはガブリエルを見上げる。
ガブリエルが安心させるように頷くと、メルグウェンは柔らかい微笑みを浮かべ、許婚に右手を差し出した。
メルグウェンの手をしっかりと握ったガブリエルが誓いの言葉を口にする。
「我、ガブリエルは汝を妻とする」
メルグウェンの澄んだ声が響く。
「我、メルグウェンは汝を夫とする」
こうして、二人は夫婦となった。
………………………………………………………………
続いて結婚契約書と花嫁の持参金目録が長々と読み上げられた。
ガブリエルの両親は満足そうに頷き合い、目を細めて若い夫婦を見守っている。
その頃になると、聖堂の前広場に集まって来ていた見物人がそわそわし始める。
貴族の結婚式の習慣で、貧乏人に硬貨が配られるのだ。
ガブリエルとメルグウェンが階段を下りていくと、この瞬間を楽しみに待っていた人々から歓声が上がる。
「城主様万歳!!!」
「奥方様、お幸せに!!!」
ダネールは娘をガブリエルの傍に連れて行った。
ガブリエルはメルグウェンの手を取ると、義父に向かって言った。
「健やかなる時も病める時も、永久にメルグウェンを守り慈しむことを誓います」
そして、祭司の差し出した銀の盆に乗った指輪を手に取り、メルグウェンの指に嵌めた。
「この指輪によって貴方を我が妻とする。我が心と身体を貴方に捧げ、財産を貴方に与えることを誓う」
家族と親しい者達が若い夫婦に祝いを述べに来る。
「叔父上、叔母上、ご結婚おめでとうございます!!」
妹と手を繋いで二人の前に来たパドリックが大きな声で言った。
パドリックは空色の服、アエラは明るい緑色の衣装で、二人共とても可愛らしい。
メルグウェンは屈んで二人に接吻しながら答える。
「ありがとう。貴方達の家族になれてとても嬉しいわ」
再び馬に乗った一行は、城下町を練り歩き港の方まで行ってワルローズの住民達の祝福を受けた。
やがて、一行は城を目指して馬を進めた。
城の広間には大宴会の用意がされていた。
ガブリエル達がエルギエーンから帰ってきてから、大慌てで暖炉を掃除して、壁を塗り直し、タペストリーの虫食いの痕を修繕したのだ。
広間に入りきらない客の為には、庭にテントが張られている。
漸く皆が席に着いた。
中央に並んで座ったメルグウェンとガブリエルの後ろには、給仕する騎士が二人立っている。
自分達からその役割を買って出たモルガドとドグメールである。
彼らが葡萄酒を注いだ杯を花嫁花婿が掲げ、同時に飲み干す。
そして、次から次へと豪華な料理が運ばれてくると、客達は目を輝かせて歓声を上げた。
特にローストした野鳥に羽を貼り付け、まるで生きている鳥のように飾り付けたものなどは、皆の拍手喝采を受けた。
テーブルの前では大道芸人が音楽を奏で、様々な曲芸を披露している。
メルグウェンとの結婚式にガブリエルは金を惜しまなかったのだ。
ワルローズの城主の婚礼の様子は、長年この地方で語り継がれていくのだろう。
そして長かった食事がやっと終わりに近付いた頃、メルグウェンとガブリエルの前に来てお辞儀をした者がいる。
丁寧に祝いの言葉を述べるその男の顔を見たメルグウェンは驚いた声を出した。
「グイルヘルム殿!!」
吟遊詩人グイルヘルムは、目を細めるとメルグウェンに頷いた。
「奥方様、お小姓姿よりもやはり花嫁衣裳の方がお似合いですよ」
メルグウェンは目を丸くする。
では、やっぱり私が男ではないってばれていたのだわ。
城主殿は何も言っていなかったけど。
グイルヘルムが今日の為に書いたという歌を聞きながら、メルグウェンはガブリエルに出会ってからのことを思い出していた。
あれからもう3年も経つのだわ。
とても短かったようで、同時に随分昔のことのようにも思える。
メルグウェンはグイルヘルムの歌に聞き惚れているガブリエルを見て微笑んだ。
幸せな3年間だったけど、これからもっともっと幸せになるのだわ。
辺りが暗くなるにつれて皆酔いが回り、猥歌や笑話が出るようになってきた。
眉を顰める者もいたが、大抵は楽しそうに笑って聞いている。
人々が席を立ち始めると、テーブルの上が片付けられ、広間の真ん中に場所が空けられた。
音楽に合わせて若者達が踊り出す。
だが、メルグウェンとガブリエルが手に手を取って彼らの方に歩み寄ると、皆立ち止まって場所を空け、新婚夫婦が踊るのを手を叩きながら眺めた。
城主の奥方としてどう振舞うべきか、叔母に色々と助言を与えられていたメルグウェンの所にアナが来た。
アナはマリアニッグに丁寧にお辞儀をすると、メルグウェンの手を取った。
「どうぞ、こちらへ」
メルグウェンが広間を出て行くのを目敏く見つけた客が、卑猥な冗談を言ったようだ。
騒がしい笑い声を背中に聞きながら、メルグウェンは頬を染めた。
アナに連れて行かれたのは自分の部屋ではなく、ガブリエルの部屋だった。
侍女が3人がかりでメルグウェンの服を脱がせ、髪を解いていく。
そして、ラベンダー水で体を拭かれ、新しい肌着を着せられた。
メルグウェンがベッドに入り、枕に寄りかかった頃になって、ガブリエルが部屋に入って来た。
別室で既に寝る準備をしてきたようで、メルグウェンと同じように長い肌着を纏っている。
ガブリエルが靴を脱ぎ捨てベッドに上がると、アナは天蓋を閉じた。
部屋の中には蝋燭が灯されたままなので、ベッドの中はほんのりと明るい。
メルグウェンは口の辺りまで布団を引き上げ、頬を真っ赤に染めている。
ガブリエルはベッドの上に胡坐を掻き、自分の肌着をさっさと脱ぎ捨てると言った。
「さて、バザーンで見た時より少しは育ったのか確認するとするか」
部屋を出て行こうとしていたアナは、メルグウェンの叫び声を聞いて驚いて振り向いた。
どうやら花嫁が新床から飛び出そうとしたらしい。
初夜に奥方を怒らせるなんて、ガブリエル様にも困ったものだ。
メルグウェンの咎めるような声とガブリエルの宥めるような声が聞こえ、暫くして静かになった。
そのうち接吻の音が聞こえてくると、アナは胸を撫で下ろし、部屋を出てそっと扉を閉めた。
そして、図書室で酒を飲みながらチェスをしているキリルとダネールの許に行き、二人が無事に床入りを済ませたことを告げた。
「……ガブリエル」
メルグウェンが低い声で呟くと、嬉しそうに目を細めたガブリエルが答える。
「メルグウェン、綺麗だ」
初めての愛撫は切なくなる程優しかった。
肌にそっと触れていく夫の手を唇を感じながら、メルグウェンは全身を震わせていた。
私は何と幸せなのだろう。
今こうしてここにいるのはこの男ではなく、政略結婚の相手だったかも知れないのだ。
急に胸が一杯になり涙が溢れそうになる。
「ガブリエル、……好き!!」
自分の首に腕を巻きつけ、頭を擡げて接吻をせがむ妻にガブリエルは目を丸くした。
「おい、あんまり煽ると制御できなくなるぞ」
だが、そう言いながらも、ガブリエルは新妻の身体をゆっくりと優しく丁寧に愛撫していく。
ずっとこいつにこうやって触れたかった。
愛しい愛しいメルグウェン。
無鉄砲で喧嘩っ早くて猪みたいな奴だが、同時に真っ直ぐで優しくて可愛い女なんだ。
こいつを幸せにしたい。
メルグウェンがガブリエルの肩にしがみつき甘い声を上げる。
自分を褒めてやりたいぐらい辛抱強かったと思うが、そろそろ限界だな。
ガブリエルは、ぐったりと目を閉じたメルグウェンに口付けると、自分の身体を重ねていった。
………………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………………………………………………
今にも燃え尽きそうな蝋燭が、寄り添って眠る二人をゆらゆらと照らし出す。
花嫁の頬には涙の痕が見えたが、口元には幸福そうな微笑が浮かんでいた。
夫の逞しい胸に小さな白い手を乗せている。
そして花婿は、大事なものを守るように妻の身体を抱き締め、その豊かな髪に鼻を埋めている。
やがて最後の蝋燭がジィと小さな音を立てて消えた。
寝静まった城は暗く静かだ。
だが、城の外は昼間のように明るかった。
この季節には珍しく綺麗な満月が辺りを煌々と照らしていたのだ。
婚礼に来た者が酔いを醒まそうと浜辺に行き、とんでもないものを見かけたと翌日村の人々に語ったそうだ。
皆は酔っ払って寝惚けたんだろうと相手にしなかったが、その男は真面目な顔で言った。
「奴らはその岩の上で輪になり歌いながら踊っていたのだ。月明かりに大きな丸い目と尖った耳がはっきり見えた。随分小さかったから子供だったのかも知れない。波の音に交じって聞こえてきたのは、こんな歌だった」
……………海の都に城がある、
城には3つの塔がある
城の主は勇敢な騎士
ディグリンディグルドン、天と地、楢と火
ディグリンディグルドン、輝く剣と赤い血潮
ある日、騎士は嫁を迎えた
麗しき姫の髪は黒檀のよう
麗しき花嫁の瞳は暗夜の色
ディグリンディグルドン、天と地、楢と火
ディグリンディグルドン、輝く剣と赤い血潮
海の騎士と山の姫
我らが祝福するこのご婚礼
異議唱える者はあるまいぞ
ディグリンディグルドン、天と地、楢と火
ディグリンディグルドン、輝く剣と赤い血潮……………