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15-10

妖精4匹に担がせた緑の葉で飾られた輿に乗った女王は、隣を歩くガブリエルに説明した。


「先程話したように、森は我が種族の魔力によって守られている。しかし数年前に起こった事故で、我が国と敵国の境目に亀裂が生じてしまったのだ。敵はそこから闖入し、森を破壊し、我が種族の者を捕らえ攫って行く」


ガブリエルの前を歩いていた生き物が振り返って言った。


「聞くところによると我が種族の者共は奴隷として、鉱山で働かされているらしい。だが生きて帰った者はいないので、本当にそうなのかどうかは分からぬ」


やがて女王は、大きな樫の根元に輿を下ろさせた。


「ここからは魔術が効かぬのだ」


「危ない!!!」


メリメリと何かが裂けるような音がしてそちらを見たガブリエルは、ズザザザ……と自分達を目掛けて木が倒れて来るのが目に入り、慌てて女王を抱えて飛び退いた。


幸いなことに地響きを立てて倒れた木の下敷きになった者はいなかった。


生暖かい風が木々の間を吹き抜けた。


森の怒りの篭った不吉な風だ。


ガブリエルは、まるで木々が意思を持っているかのように身震いするのを見てそう思った。


風の向きが変わり、きな臭い濛々とした灰色の煙が妖精達のいる辺りに漂って来る。


ガブリエルが女王を地面に下ろすと、僅かに頭を下げた女王は臣民に向き直った。


女王が鳥の囀るような声で話し始めると、ガブリエルの横に立った生き物が小声で人間の言葉に訳してくれた。


「平和を愛する我が種族が、ウンゲルミールの子孫が相手とはいえ争わなければならぬことを余は真に残念に思う」


妖精達は尖った耳を欹て、金色の大きな目を更に見張り、一言も聞き漏らすまいと女王の口元を見つめている。


その中には若い男ばかりではなく、老人や女子供も混じっていた。


「だが、我が種族の生存の為、ヤウン・エレージアの存続の為に戦うことが必要なのだ。今回の戦の目的は敵を境界線まで追い返し、森を封じることだ」


女王は幾つかの組に皆を分けると、細かい指示を与え続ける。


最後にガブリエルを見上げて言った。


「騎士殿には長老達と余を保護してもらう。封印の魔術をかけるまで傍についていて欲しい」


「分かりました」


数百匹いると思われる生き物達は、女王の前に跪くと地面に額を擦り付けた。


そして、立ち上がると一斉に鋭い叫び声を上げながら、森を破壊する敵に向かって走り出した。




ネヴェンテルは疲れた顔をしてテントに入ると、横たわっている騎士を眺めた。


既に蝋燭は燃え尽きており、夜は明けたとはいえ、テントの中は薄暗い。


騎士の表情ははっきりとは見えないが、まるで眠っているようなきれいな顔だと思えた。


幸せな奴だ。


わしが死ぬ時はこのようにはいかぬだろう。


戦か病か、死ぬ原因が何になるのかは分からないが、断末魔の苦しみで歪んだ自分の衰えた顔を想像することは容易かった。


ネヴェンテルは死を恐れていた。


ここ数年、朝目を覚ますと一番先に思うのが、ああまだ生きていた、なのだ。


しかし、自分よりも遥かに若く頑丈そうなこの若者が死んで横たわっている姿を見て、ネヴェンテルは一種の優越感に浸っていた。


昼にはダネールの使いが来るだろう。


金を持ってくるのだろうか?


ネヴェンテルは自分の手に入る筈だった金を思い歯噛みをする。


何とか上手く金を騙し取る方法はないものか?


ネヴェンテルは喉から手が出る程、その金が欲しかった。


報酬を与えなければ兵が自分に背く恐れがある。


ダネールの娘との話がなくなった時、ネヴェンテルが仕方なく自分の跡継ぎにと決めた男は、数十年前に召使に産ませた子で、女の尻を追いかけることしか脳がない。


あの馬鹿は、領地一帯に種を撒き散らし、自分の子で軍隊でも作ろうと思っているのだろうか?


しかし最近その馬鹿息子を煽てて、わしに背かせようとしている奴らがいるのだ。


あの金さえあれば、暫くの間、兵の不満を消し去ることができるだろう。


だが、捕虜にした男を故意ではなかったといえ死なせてしまい、更に身代金を騙し取ったなどとキリル家に知られたら大問題だ。


今回は残念だが、不運だったと思って諦めるしかない。


真に不運だったな。


戦では予想外の被害を被り、面倒な遺体の始末も残っている。


その時、ある考えが頭に浮かび、ネヴェンテルは薄い笑みを浮かべた。


少しばかり卑怯だが、できるだけ面倒なことは避けたいのだ。


この男はダネール殿の客人と言っていた。


ならば、ダネール殿に遺体を任せてしまえば良い。


捕虜が逃げ出したので、身代金は諦めたと言い逃れできるのではないか?


逃亡した捕虜がどうなったかなど知りはせぬと。


口止めすれば兵達も余計なことは言わぬだろう。


身代金を渡す為、使いの者が野営地に来る前に引き揚げてしまおう。


暫くの間はこの地方には顔を出さない方が良さそうだ。


南へ向かおう。


山の向こうにも豊かな土地がある筈だ。


そう決心するとネヴェンテルは、遺体に背を向け晴々とした顔でテントを出て行った。




ガブリエルは右へ左へと剣を振るい、次から次へと自分達に襲い掛かって来る敵を相手に戦っていた。


確かにそれは、熊とは似ても似つかぬ生き物だった。


丸い鉄の兜を被り古代の剣のような長く重い剣を振り回す様子は、人間のようにも見えなくはなかったが、その顔を見たガブリエルはぞっとした。


飛び出た目は血走って瞳孔が開いている。


瞑れた鼻と大きな顎を持ち、耳まで裂けた口には鋭い歯が生えていた。


確かに力では妖精達がこの怪物に叶う筈はない。


妖精達が放つ矢が体に刺さっても、まるで何でもないかのように片手で引き抜き、剣を振り回し続けているのだ。


ガブリエルは目の隅で、その生き物が長い腕で暴れている妖精の子供を軽々と持ち上げ、頭からバリバリと噛み砕くのを見た。


畜生、俺一人ではどうにもできぬ!!!


敵はかなり手強く、女王達を守るのが精一杯である。


「何故、女子供を連れて来たのです?」


ガブリエルは後ろにいる女王に非難するように問いかけた。


これではまるで殺してもらいに来たようなものではないか。


「我が種族は一体となって国を守るのだ。女も子供もその使命を持って生まれてきている」


「だからと言って」


長老の一人が続けた。


「そして彼らも森を守ることを、この戦に参加できたことを誇りに思っているのだ」


その時、角笛の鈍い音が辺りに響き渡った。


それは後退の合図だったらしく、敵はさっとガブリエル達の前からいなくなる。


「奴らは戦いを長引かせない。少しでも自分達に不利となったら、できるだけ多くの捕虜を連れて後退行動を起こすのだ」


「あの者達を見捨てるのですか?」


どす黒い血に汚れた剣を拭い、兜の目庇を上げたガブリエルが、遠く敵に引き立てられていく妖精達を指差して女王に尋ねた。


女王は悲しみに満ちた顔で頷いた。


「仕方があるまい。奴らは戦で捕虜にした者を、女であれば性欲の捌け口にし、男であれば奴隷にするのだ」


長老達も厳しい顔で頷いた。


「そして子供らはおやつ代わり」


「それが奴らのならわしじゃ」


「残酷な種族じゃのう」


「同じ世界に暮らしている他の種族と争ってばかりいる野蛮な奴らじゃ」


「騎士殿のような高貴な魂を持つ戦士には理解できぬだろうがな」


ガブリエルは眉を顰める。


「誤解されては困る。俺の仕事は人を殺すことだ」


女王が金色の瞳でガブリエルをじっと見つめる。


ガブリエルも灰色の瞳で真っ直ぐに見つめ返して続けた。


「人間の世界でも戦は醜いものだ。その上、人間の場合は別の種族ではなく兄弟や親と子が争うこともある」


「兄弟、親子で殺しあう人間とは、残酷で愚かな生き物だのう」


長老の一人が哀れみを混めた眼差しでガブリエルを見て呟いた。


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