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15-7

セズニとドグメールは、何とかメルグウェンを引き止めようと必死だった。


「駄目です。城主殿がお許しになる筈がない」


「貴方が身代わりになったなどと聞いたら、どんなに嘆かれるか」


「父が身代金を払うことを拒否すれば、あの男は殺されてしまうわ。そんなこと絶対にさせたくないの」


「貴方が犠牲にならずとも、ガブリエル殿を救う案が他にあるかも知れない」


「そうだ。キリル様に手紙を出して、金を送って頂いたら……」


「無理よ、時間がかかり過ぎる。使いの者がキリル様の許に着かないうちに城主殿は冷たい骸となっているわ」


メルグウェンは諦めたように頭を振った。


「奇跡など期待しない方が良いわ。それに、これが私の運命なのかも知れないと思うの」


「……メルグウェン姫」


「城主殿と過ごした3年間は、私の人生の中で一番幸福な時だったわ。ずっと一緒にいたかった……」


涙が溢れそうになり、唇を噛み締めて俯いた。


暫くして低い声で続ける。


「城主殿は何度も私の命を救ってくれたわ。ずっと私を守ってくれた。今度は私が彼を助ける番。お願い、止めないで頂戴」


セズニとドグメールは、自分達の無力さに拳を握り締め、歯を食い縛り涙を流していた。


ガブリエルが捕らわれたのは、自分達に責任があると思っているのだ。


だが自分達は二人合わせても、ガブリエル殿と交換する対象とはならぬ。


「では、せめて野営地までお供させてください」


セズニの必死の言葉にメルグウェンは頷いた。


そして、ガブリエルに最後の晩に言われたことを思い出した。


絶対諦めるなと言われたのに。


私は信じると答えたのに。


ごめんなさい、でも貴方の死を黙って待ってはいられない。


貴方が冷たい遺体となって横たわることを思えば、あの老人の妻になることなど何でもないわ。


貴方との思い出があるから、私は生きていける。


だけど、とメルグウェンは思った。


ネヴェンテル殿にとって、私はまだそのような価値があるのだろうか?


もし交換などしないと断られたら?


考えるのを止そう。


明日の朝になってみれば、分かること。




人払いをして、書斎に閉じこもったダネールは悩んでいた。


初めは身代金を出すつもりはなかった。


もし金を出さなくても、ネヴェンテルがガブリエルを殺すとは思えなかったからだ。


キリル家の一員を殺したら後々面倒なことになると考えて、思い止まるだろうと期待していたのだ。


だが、キリル殿はわしの息子を救ってくれた。


助けてもらわなかったら、マルカリードは殺されていただろう。


残念ながらマルカリードは、わしが期待していたような男に育たなかった。


そう認めざるを得ない。


優秀な教師をつけて厳しく育てたのだが、どこでどう間違ったのか?


やはり、習慣どおりに他人に任せた方が良かったのか?


もう遅過ぎるのだろうか?


自分が間違っていたと認めるのは難しい。


ダネールは苦虫を噛み潰したような顔をして、嫌な思いを振り切るように頭を振った。


それにメルグウェンのこともある。


キリル殿は娘を連れ帰ってくれた。


メルグウェンは元気そうで、怖い思いや辛い思いをしたことなど、まるでないように見えた。


二人の間に強い信頼関係があることは見て取れた。


始めこそ何だこの生意気な若造はと思ったが、中々大した器量の男だ。


王が認めた婚姻を承諾するつもりだった。


それが、こんなことになるとは……


ダネールは暖炉の中に赤々と踊る炎を上の空で見つめながら、物思いに沈んでいた。


しかし、娘がネヴェンテルの許に行くと言った時は驚いた。


キリル殿を救う為、あんなに嫌っていた元許婚の妻になると言うのだ。


勝気な娘のそんな一面がいじらしかった。


ダネールは頷くと立ち上がった。


娘の持参金はくれてやってもいい。


ネヴェンの城主の言ってきた金額の半分までは出してやってもいい。


……だがそれ以上は無理だ。




ガブリエルは目を開くと、自分の上に広がっている星空を見て息を呑んだ。


まるできらめく星が自分の上に降り注ぐかのように見える。


そのあまりの美しさに暫し息をするのも忘れ、見とれていた。


北から南の空にかけて、おおぐま座、うしかい座、ヘルクレス座と眺めていたガブリエルは、南の地平線近くにさそり座を見とめると、驚いて起き上がった。


今は秋だぞ。


何故この季節にさそり座が見えるのだ。


ここはいったいどこなんだ?


辺りの空気は澄み、清々しい緑の香りがする。


汗ばむ程の気温ではないが、爽やかな風が心地良かった。


暗くてよく分からないが、手探りで触れてみると、どうやら草原に寝そべっていたようだ。


草原だと?


テントの周りは泥濘だった筈だろ?


俺はネヴェンの城主との戦に向かい、捕虜となった。


傷ついた体を縛られて、地面に寝かされて。


寒くて雨が降っていた。


まさか、俺は死んじまったのか?


自分の体に触れてみる。


肌は暖かいし、胸に手を当ててみると鼓動を感じる。


だが血に汚れた肌着は纏っておらず、数多くあった筈の傷も痛まない。


これは夢なのだろうか?


地面に座って闇に目を凝らすが何も見えなかった。


声は出さない方が良いだろう。


眠るしかないな。


目が覚めたら、テントの中かも知れぬ。


夜が明けたらどうするか考えよう。


そう思ったガブリエルは柔らかい草の上に横たわると目を閉じた。


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