15-6
「メルグウェン姫、私達も一緒に行きます!!」
ダネールの後を追って来て、寝室の外で待っていたセズニとドグメールが叫んだ。
部屋を出て行こうとした3人にダネールが声をかける。
「待ちなさい。キリル殿の馬がどうのこうのと言うのは何の話だ?」
振り向いたメルグウェンは、マルカリードを指差して言った。
「貴方の息子にお尋ねください。何故、城主殿の馬に乗って帰ってきたのか」
「マルカリード、話しなさい」
父親に鋭い眼差しを向けられたマルカリードは、しぶしぶ口を開いた。
「……私の馬が倒れて、足を怪我したので、キリル殿が自分の馬を貸してくれたのです」
「ガブリエル殿は、一人で敵の中に飛び込もうとしたマルカリード殿を連れ戻そうと後を追われたのです」
セズニが説明する。
ダネールは不貞腐た顔をしている息子に尋ねた。
「何故、そんな馬鹿な真似をしたのだ?」
「ネヴェンテルの兵に侮辱されたのです」
メルグウェンはマルカリードを軽蔑しきった目で見た。
「貴方のつまらない自尊心の為にあの男は犠牲になったのよ」
「でも父上だって絶対あのようなことを言われたら許せないでしょう」
「ふん、弱虫とでも言われたの? それとも卑怯者と?」
暫く黙っていたダネールが口を開いた。
「では、キリル殿がいなかったら、代わりにおまえが捕らえられていたのだな」
「殺されていたかも知れないわね」
メルグウェンが容赦なく付け足した。
「つまり我々はキリル殿に恩義がある訳だ」
そう呟いたダネールをメルグウェンと騎士達は期待を込めて見つめる。
「暫く考えさせて欲しい」
そう言うとダネールは、息子の寝室を足早に出て行った。
「この馬鹿者!!!!! 何だ、この態は?! 捕虜は丁寧に扱えと命じただろう?!!」
ネヴェンテルは額に青筋を浮き上がらせ白髪を振り乱して、自分の前で頭を下げている男達を叱っていた。
「全員縛り首にしてくれるぞ!!! この役立たずめ!! 明日の昼までは絶対に死なせるなと言っただろうが!!!」
泡を吹きながら怒鳴り散らす年老いた城主の前で、大の男が恐ろしそうに縮こまっている。
「貴様らが嬲り殺したのか?」
「滅相もない。食事を与えて、暫くして様子を見に行ったら息絶えていたのです」
ガブリエルを殴りつけた男が弁解を試みる。
「食事に毒でも入れたのか?」
「決してそのようなことは」
「では何だ? 致命傷は負っていなかった筈だぞ」
「……恐怖のあまり心の臓が止まってしまったというようなことは、ありませんか?」
ネヴェンテルの後ろに控えていた床屋兼外科医が言った。
「それはないです。怖いもの知らずの男で、食事の前まで元気で憎まれ口を叩いていましたから」
ガブリエルに食事を与えた兵が答える。
ネヴェンテルは、首を竦めている男達の前をイライラと行ったり来たりし始めた。
「貴様らのお陰で身代金はふいになったぞ。当分の間、給料は貰えないものと思え!!」
兵達はハッと顔を上げかけたが、ネヴェンテルの氷のような視線にぶつかると唇を噛んで俯いた。
ネヴェンテルは彼らの前に立ち止まると、男達の後頭部を見ながら吐き捨てるように言った。
「捕虜はギドゴアールのキリル家の者だと名乗っていた。キリル家とはジュディカエル王との繋がりも濃い、我が国屈指の名家だ。つまり、どういうことか分かるか?」
「……」
「我々がキリル家の者を捕虜にして嬲り殺したことが明るみに出れば、最悪の場合は王の征伐も覚悟しなければならぬということだ」
兵達は事の重大さに青ざめ震えている。
「遺体はどうしますか?」
軍医が尋ねた。
「洗い清めて、新しい肌着と武具を着けてやれ」
ネヴェンテルはそう言うと、兵達を下がらせ、暫く考え込んでいた。
故郷から遠く離れた場所で戦死した貴族の遺体を家族の許に持って帰ることは難しい。
そのような場合には、遺体から心臓を取り出し陶器の器に収め、それを遺族に届けるのが慣わしだった。
そうすべきかも知れぬ。
心臓はギドゴアールのキリル家の許へ。
そして遺体はネヴェンの墓地に丁寧に埋葬してやろう。
キリル家の怒りを受ける覚悟はできていたが、できるだけそれが軽減されるならば、それに越したことはない。
「おい、もう少し上の方にも水をかけてくれ」
ネヴェンテルに命じられ、テントの外でガブリエルの体から血と汚れを拭っていた兵が、水桶を提げている男に言った。
「こいつは金になるだろうか?」
乾いた布で体を拭いていた小柄な男が、ガブリエルの胸に青白く光る月長石の首飾りを指差して言った。
「おい、ニック!!! 触れるんじゃないぞ。ネヴェンテル様に叱られるぞ」
「しかし、羨ましいくらいの男振りだな。さぞかし女にもてるのだろうな」
「だが死んじまったら、色男も形無しさ」
「まるで眠っているようじゃないか」
「畜生、俺もこれぐらい容姿が良けりゃな」
「何だ、おまえ、また振られたのか」
大袈裟に驚いてみせる兵に、ニックと呼ばれた男が悔しそうに叫ぶ。
「自分と並ぶのに竹馬に乗らなきゃ釣り合わないチビはみっともないから嫌だ、などとほざきやがった!」
他の男達はゲラゲラ笑っている。
「俺様の魅力が分からないあんな女は、こっちから願い下げだ。さあ、雨が止んでいる内にさっさとやっちまおうぜ」
曇り空を見上げたニックが言った。
男達はガブリエルをテントの中の寝台に運ぶと、新しい肌着と、更に鎧下を着せた。
その上から鎖帷子を着せ、肩当て、籠手、脛当て、鉄靴等を付けていく。
最後に脇に兜を置き、剣を手に持たせた。
枕元の燭代に火が灯される。
薄暗いテントの中、蝋燭の光に照らされたガブリエルは、あたかも戦死した勇敢な騎士の彫像のように見えた。
厳粛な気持ちになった男達は、遺体に向かって黙って頭を下げるとテントを出て行った。