15-4
明け方、疲れ果てた男達は城に戻り、憔悴した顔でガブリエルがネヴェンテルに捕らえられたことを告げた。
見張りが厳重でとても救い出せるような状況ではなかったという。
直ちにオルカン城に使者を送りそのことを伝え、敵がどう出るのかを待つことになった。
セズニとドグメールは気も狂わぬばかりだった。
メルグウェンが止めなかったら、自殺行為でも直ちにネヴェンテルの野営地を突撃しに向かっただろう。
「貴方達が死んでも城主殿は戻って来ないし、今は待つしかないわ」
落ち着いてそうセズニ達に話したメルグウェンであったが、胸の中は不安で一杯だった。
怪我をしているのではないかしら?
拷問されたりしていないだろうか?
お腹を空かせているのではないか?
寒くないのだろうか?
でも捕虜となったということは、生きてはいるということよね。
生きていると分かっただけでも、有難いと思わなければ。
その日は朝から雨が降っていた。
空はどんより暗く、人々の気持ちを滅入らせた。
今日は時間が経つのがとても遅く感じられる。
どのような知らせが来るのだろうか?
そして待ちに待ったネヴェンテルの使者が現れた。
ダネールは家来が差し出す手紙を鷲掴みにすると、封を切り素早く目を通した。
その様子を見守っていたメルグウェンが待ちきれずに尋ねる。
「ネヴェンテル殿は何と?」
「捕虜の釈放に身代金を要求してきた。とても、わしが払える金額ではない」
「私に下さるおつもりだった持参金をそれに当ててください」
「それでは半分にも満たない」
「どうなさるのですか?」
ダネールは不機嫌そうに言った。
「幸いなことにおまえはまだあの男と婚約していない」
「私は城主殿と結婚の約束をしています」
「父親が許可をしていない約束など無効だ」
メルグウェンは震える声でダネールに詰め寄った。
「城主殿は私の命を救ってくれました。父上は恩を仇で返すのですか? 本当に彼を見殺しになさるの?」
「人聞きの悪いことを言うんじゃない。あの男には気の毒だが、わしが金を出さねばならぬ義理はないだろう」
「猶予は?」
「明日の昼までだ」
「要求に応じなかったら?」
ダネールは目を逸らした。
「……」
メルグウェンは目の前が真っ暗になった。
駄目だ。
そんなことを絶対にさせるものか。
何か良い方法はないのか?
暫く俯いていたメルグウェンは顔を上げると言った。
寝不足にも拘らずその顔は美しく、凛としており、強い決意が窺えた。
「父上、城主殿を私と交換するようにネヴェンテル殿に申し入れてください」
「馬鹿なことを言うんじゃない」
「お願いです。私、ネヴェンテル殿と結婚しますから」
耐え切れなかった涙がポロリと零れた。
自分が犠牲になることなど何でもない。
それであの男の命が助かるのなら。
「長年の友好関係をこのような形で壊したネヴェンの城主を許すことはできぬ。大人しく部屋に戻っていなさい」
メルグウェンは泣きながら書斎を出た。
何もできずに愛しい人が殺されるのを見ていなければならないのか?
自分の部屋に戻ったメルグウェンは、ベッドに身を投げ出し激しく泣いた。
父上は明日の朝、戦に向かうつもりなのだろう。
そうしたら、あの男の命は昼までもたないだろう。
メルグウェンはガブリエルの快活な笑顔を思い浮かべた。
そんなことはさせない。
あの男を殺させない。
自分の命をかけてでも、城主殿を救ってみせる。
メルグウェンは涙を拭って起き上がると、自分の荷物からスクラエラ姫の剣を取り出した。
剣を腰に吊るし外套に包まるとそっと部屋を出る。
父上が嫌だと言うのなら、私が自分で行って交渉するわ。
セズニとドグメールの力を借りるつもりはなかった。
彼らの命を危険に晒したくない。
ガブリエルがここに戻ってきた時、ワルローズから来た者達には皆無事でいて欲しかった。
厩に忍び込んだメルグウェンは、その中に鼠色の芦毛を認めると、自分がしようとしていたことを忘れて大声で馬丁を呼んだ。
メルグウェンも知っている男が慌てて駆けつけてきた。
「姫、どうなさったのです?」
メルグウェンは震える手で馬を指差した。
「この馬はどうしてここにいるの?」