15-1
偵察に行かせた兵と宿屋の倅が戻って来た。
その報告を聞きながらガブリエルは、満足そうに頷いた。
敵はここから約4マイルの距離にいる。
人数はおよそ200名、そのうち徒歩の者が150名。
城の攻撃に使う大型投石器や破城槌、長い梯子を引き摺りながらの前進だ。
しかも数日前の雨で泥濘んだ山道だ。
敵は思うように動けないだろう。
そこに奇襲をかければ、十分勝ち目はある。
多分、ダネール殿は正面から攻撃することを望むだろう。
ならば、マルカリード殿には最後尾に回ってもらう。
そして俺達は一番に横合いから攻撃すればよい。
ダネールの隣人のオルカンの加勢も期待されているが、待っている時間はない。
「よし。直ぐにダネール殿とマルカリード殿にそのように伝えに行け」
兵に命じるガブリエルをドグメールとセズニは嬉しそうに見る。
久し振りの戦だ。
ギドゴアールの男の勇気と力をとっくりと見せてやろうじゃないか。
ガブリエル達は山道を逸れて崖を登り始めた。
濡れた岩は滑りやすい。
男達は器用に馬を操り岩を避けながら進んで行く。
ガブリエルは、道が見下ろせる場所を見つけると馬を止めるように命じた。
宿屋の倅を見張りに立たせると一行は岩陰に隠れた。
ここで敵が来るのを待つのである。
合図を待つ男達は神経をピリピリさせていた。
馬達も彼らの緊張を感じているらしく、首を振ったり足踏みしたりしている。
ガブリエルはイライラする気持ちを静めようと大きく深呼吸をした。
待つのは苦手だ。
だが、戦はタイミングが大事だ。
戦略どおりに進めないと部下や自分自身を危険に晒すことになる。
やがて左の方から蹄の音が近付いて来た。
「来ました。10騎ほど北を目指して飛ばして行きます」
宿屋の倅が興奮した声で報告した。
どうするのかと言う風に皆がガブリエルの方を見た。
どうやら先駆けの兵のようだ。
「見逃す。ダネール殿が始末されるだろう」
木々の間をヒュウと冷たい風が吹き抜けた。
馬がブルルと鼻を鳴らし、待ち遠しいとでも言うように落ち葉に覆われた地面を蹄で掻いた。
「遅いな。沼にでも嵌ったのですかね」
やはり待つのに飽きてきたドグメールがガブリエルに尋ねる。
「早くしないと後ろからマルカリード様の軍が追いついてしまいますよ」
セズニも心配そうな顔をした。
ガブリエルが手を広げて皆を黙らせる。
「もうすぐだ。耳を澄ませ」
確かに僅かに地響きのような鈍い音が地面を伝わってくる。
男達は緊張感が足元から這い上がり体中を満たすのを感じた。
とうとう来た。
やがて宿屋の倅が大慌てで報告に来る。
「見えました」
「よし。敵が下に来たら10秒数える。それから攻撃する」
ガブリエルの指示が男達の間に伝わり、皆心得たという風に頷いた。
初めの兵達が木々の間に見え隠れし始めた。
どうやら丸太を縄で縛り、引き摺っているようだ。
「これは見過ごす」
皆の間に興奮と緊張感が高まり最高潮に達した時、ガブリエルは片手を挙げ合図をした。
そして一声叫ぶと馬の腹を蹴り、崖を駆け下り始めた。
先頭を行くガブリエルの後を一斉に続く。
崖を駆け下りる男達の間から、ウオォォォォォ!!!!!! と腹の底に響くような声が上がった。
相手にできるだけこちらの人数が多いと思わせ、恐怖を与えるための鬨の声である。
またそれは自分達の士気を鼓舞するためでもあった。
兵器を運んでいたネヴェンテルの兵達は驚いて、一瞬混乱におちいった。
そこに容赦せずに突っ込んで行く。
低く構えた槍で歩兵を払い落としとどめを刺す。
頭上に高く掲げた斧で襲い掛かり、抜き放った剣で斬りつける。
不意を突かれた男達は武器を手にとる間もあらずに一人また一人と倒されていく。
しかし後から来たネヴェンの騎兵が立ち向かってきた。
瞬く間に細い山道とその辺りは戦場と化した。
男達の叫び声や馬蹄の轟きが入り混じり、武具や武器のぶつかり合う音が響き渡る。
流石に訓練された兵は怯むことなくガブリエル達に抵抗するが、少人数で素早く戦うことに慣れた男達に敵う筈は無く、次々と斬られ血飛沫を上げ泥濘んだ地面に倒れていった。
「引き上げるぞ」
ガブリエルの合図でギドゴアールの戦士達は、さっとそこから離れると崖を登り始める。
追い縋る敵を斬り捨て十分距離をおくと、宿屋の倅に案内されて山の中を進んで行った。
敵は弓矢で仕掛けてくるが、木々に遮られ的には当たらない。
「怪我を負ったものは?」
「いずれも軽傷です」
幸いなことに味方の兵を一人も失ってはいない。
ガブリエルは満足そうに兜の影で笑った。
迂回してマルカリードの軍を加勢しに行くのだ。
メルグウェンの弟は初めての戦に難儀しているだろう。
持ち堪えていれば良いのだが。
「急ぐぞ」
ガブリエルの声に皆は一斉に駆け出した。
湿った空気の中に熱い吐息が立ち昇り、男達は意気揚々と山道を進んで行った。