14-12
城門の前で馬を止めたセズニは、よく通る声で門番に呼びかけた。
「私はダネール様の客、ガブリエル・キリルの騎士である。急を要する用件でダネール殿にお目通りを願いたい」
門番は武装した見知らぬ男を直ぐには通そうとしなかった為、押し問答を続けている間にもネヴェンテルの兵がすぐそこに迫っているのではないかと、セズニは気が気でなかった。
やっと跳ね橋が下ろされ、セズニは急いで門を潜った。
中庭にはマルカリードとガブリエルが出てきていた。
「セズニ、何が起こったのだ?」
「ネヴェンの兵が攻めて来ます。ガブリエル殿の命令とは違うが、一刻も早くお伝えしなければと思いあの村を発ちました」
マルカリードは真っ青になった。
「そ、それで、どこまで……」
震える声で質問するマルカリードを遮り、ガブリエルは言った。
「直ちにダネール殿に知らせに行かれるが良かろう」
そして、走り去るマルカリードの後姿を見ながら、セズニに知っていることを全て話すように促した。
セズニが話し終わると、ガブリエルは呆れたような顔をした。
「それで、敵の人数も、どのような武器を持っているのかも分からぬ。今現在、敵がどこにいるのかも、本当にここに向かっているのかも分からぬと言うのだな?」
「はい。ですが、北に向かっているのは確かなようです」
ガブリエルはダネールの城をぐるっと見回して言った。
「ここで来ないかも知れぬ敵を待つよりは、城を出てどこかで待ち伏せした方が良いだろう。城主殿はどう思われるだろうか?」
ガブリエルとセズニが広間に入って行くと、息子と話していたダネールが立ち上がった。
「よく知らせてくれた」
セズニに礼を言ったダネールは、ガブリエルを見て苦笑いをした。
「どうやら工事は間に合わなかったようだな」
「どうなさるおつもりか?」
ダネールは肩を竦めた。
「城を出て、敵を討ちに行くしかあるまい」
ガブリエルは頷いた。
気難しい城主殿は勇気があるようだ。
「こちらには戦える者が14人いる。加勢いたそう」
「それは有難い。ギドゴアールの戦士の腕前を拝見させて頂こう」
急に騒がしくなった中庭を覗いたメルグウェンは、武装した男達の姿に驚いた。
慌てて広間に下りると、丁度父と許婚が入って来た。
ダネールはいつもに増して険しい顔つきだったが、ガブリエルは不安そうなメルグウェンを見ると笑った。
「奥方になったら、戦場に赴く夫を見送る時は、もう少ししっかりしてもらわないと困るぞ」
メルグウェンはガブリエルを睨んだ。
「戦勝をお祈りしています」
父親にそう言って頭を下げたメルグウェンだったが、ガブリエルの方を向くと思わず縋り付くように見上げてしまう。
「どうかご無事で」
声が震えてしまうのを避けられなかった。
「ああ、ちゃんと帰ってくる。大人しく待っていろよ」
そう言ってメルグウェンの頭を自分の胸に引き寄せたガブリエルは、黒い艶やかな髪に口付けると、後も振り返らずに中庭に向かったダネールの後を追った。
中庭に出たメルグウェンは武装した男達が次々と馬に跨り、城を出て行くのを見送った。
ガブリエルの姿が見えなくなると、メルグウェンは溜息をついたが、近くに来た騎士が話しかけたのでそちらを向いた。
ダネール家の紋章が描かれた盾を手に持ち武具を着けた若い騎士は、メルグウェンの前に立つと頭を下げた。
「行って参ります、姉上」
マルカリードは初めての戦に緊張した面持ちだったが、その口調は意外としっかりしていた。
「マルカリード、父上とあの男の邪魔にならないようにするのよ。無事で帰ってきてね」
「はい」
マルカリードは腕に抱えていた兜を被ると馬に跨り、数人の兵を従えて城を出て行った。
最後の兵が門を潜り蹄の音が遠のくと、先程までの喧騒が嘘のように中庭は静かになった。
急に寒さを感じて身震いをしたメルグウェンは、自分の肩を抱いてその場に暫く立ち尽くしていた。
だが城の門が閉じられる音に目が覚めたようにビクリとすると、城壁に向かって走り出した。
そして階段を駆け上がる。
メルグウェンは息を弾ませながら、城壁の向こうを見た。
曇った空の下、3つの隊に分かれた男達は砂埃を舞い立たせ、南に向かって馬を飛ばして行く。
一生懸命に目を凝らしても、ガブリエルもダネールもマルカリードも、どこにいるのか分からなかった。
お願い。
どうか無事で帰って来て。
メルグウェンは両手を握り締めた。
泣いては駄目。
しっかりしなくちゃ。
私はもう直ぐ城主殿の奥方になるのだから。
そう言えば、母上はどうしたのだろう?
父上は母上にちゃんとご挨拶に行ったのだろうか?
メルグウェンはもう一度誰も見えなくなった南の方角を見つめると、階段をゆっくりと下り始めた。
薄暗い廊下を歩いて、ある部屋の前で立ち止まった。
ノックして、返事を待たずに扉を開く。
「母上、メルグウェンです」
そっと覗くと、薄暗い部屋の隅で椅子の上に蹲っている人影が見えた。
「……母上」
「……」
前に会った時より、一回りも小さくなったと思える母親を見つめて、メルグウェンは目を潤ませた。
「少しお話してもいいですか?」
そう尋ねた娘に傍らの椅子を黙って示す。
メルグウェンは近付くと、母の隣にそっと腰を下ろした。
冷え切った手を暖炉に翳すと、メルグウェンは話し始めた。
聞いてもらえているのか分からない、慰めてもらうつもりもない。
でも、こうやって話すことで、少しだけ胸の中の不安が軽くなる気がした。