14-11
ダネールは部屋の中を見回すと、立ち上がったメルグウェンとガブリエルの方に歩み寄った。
「父上」
強張った表情で挨拶をするメルグウェンにダネールは頷いたが、娘の生存を知らされた時に見せた動揺は、その顔からこれっぽっちも窺えなかった。
次にダネールはガブリエルの方に向き直った。
ガブリエルが挨拶の言葉を述べ、頭を下げるのを鋭い目で見ていたダネールは、やっと口を開いた。
「キリル殿、娘を救い出し、連れ帰ってくれたことに礼を言う」
メルグウェンを救い出した時の状況など聞かれては不味いと思ったガブリエルは言った。
「ダネール殿、あの崩れかけた塔を直ちに取り壊し、城壁を修復した方がよかろう」
「何だと?」
メルグウェンはハラハラと二人を交互に見ている。
「昨夜、泊まった宿屋でネヴェンの城主がこの地方の町村を次々と襲撃していると聞いた」
「確かにそうだが」
「気を悪くされるかも知れないが、このままではこの城は3日とせぬうちに落ちるぞ」
ダネールは、若造が何を小癪なことをとガブリエルを睨んだが、ガブリエルはビクともせず居間の扉を開けた。
「ついて来られよ。何故防御できぬか説明する」
そう言うとさっさと中庭に出て行った。
ダネールは何かが喉に痞えたような声を出し、怒りに顔を赤くした。
何故自分の城をあんな偉そうな若造に案内されなければならないのだ!
父親の後ろに控えていたマルカリードが言った。
「私が見てまいります」
「いや、わしが行く」
ダネールはガブリエルの後を追った。
城の北側にある塔の前で立ち止まったガブリエルは、ダネールを振り返った。
「何故このような建物をそのままにしておられる?」
「……」
「城壁にはどこから上るのか?」
ガブリエルは城主の答えを待たずに辺りを見回すと、階段の方に向かう。
勝手なことを!!
ダネールは怒りに震えながら、ガブリエルの後に続いて城壁に上った。
見張りの兵が心配そうに近寄って来るのを一喝して、ガブリエルが話し出すのを待った。
「この塔が邪魔になり数百フィートが死角となっている。そのうえ城壁もないのだ。堀を渡るのに多少時間がかかったとしても簡単に侵入できる」
ダネールは厳しい眼差しで城壁の向こう側を見ていたが、ガブリエルに対して感じていた怒りは、今や自分に対する怒りと変わっていた。
迂闊だった。
この城に初めて来た若造が一目で気付くようなことを長年ほったらかしにしてたとは。
黙ったままのダネールにガブリエルが言った。
「もし、この塔を取り壊したくない理由があるのだったら、屋根を修繕し櫓を建てられるが良い」
ダネールはガブリエルをじっと見て頭を下げた。
「確かに言われるとおりだ。明日にでも建築家を呼んで設計図を描かせる」
ガブリエルは頷いた。
「兵器を見せてもらえるなら、それについても何か気付くことがあるかも知れぬ」
「ご案内しよう」
中庭に出て不安そうに様子を窺っていたメルグウェンは、二人が穏やかに話しながら武器倉庫の方に向かうのを見てホッとした。
あの男があんなことを言い出して、父上と喧嘩になるのではないかと思ったけど、どうやら上手く収まったようね。
セズニとテヴェは宿屋の倅に案内され、山道を歩いていた。
地図も描いてもらったのだが、実際に見て歩いた方が頭に入り易い。
明日で3日目だ。
メルグウェン姫の父親の許しを得ることができたのだろうか?
約束どおりに使いは来るのだろうか?
暗くならないうちに宿屋に戻ったセズニとテヴェは、食事を注文するとサイコロで遊んでいた兵達と共にテーブルに着いた。
皆が女将の料理に舌鼓を打っていると、外から騒がしい音が聞こえてきた。
怒鳴るような声と足音、女の叫び声も聞こえる。
「何だ? 何だ?」
セズニ達は席を離れ、剣を手にして、扉を開いた。
宿屋の方に走って来た男が叫んだ。
「戦だ!! 戦だ!!! ネヴェンの兵が来たぞ!!!」
「何だと?」
男の後には村の者がついて回り、口々に叫んだり、泣き声を上げたりしている。
宿屋の親父が頭を抱えた。
「とうとうやってきましたよ」
セズニは気違いのように走り回っている男を捕まえた。
「ちょっと止まって、ちゃんと話してくれ」
痩せた男はゼイゼイ息を切らしながら、セズニの質問に答えている。
エルギエーン地方南部の、ここから馬で3日程の所にある町がネヴェンテルの軍に襲われた。
偶々町を留守にしていて虐殺を免れた者達が親戚を頼って、オルカンの領地まで逃げてきた。
軍は北に向かっているようだったから、間もなくここまで攻めてくるだろう。
人数ははっきりとは分からないが、ネヴェンには数百人の兵がいると言われている。
「娘や金を持っている者は、すぐに山に逃げて隠れた方がいいぞ」
男はそう言うと、ぞろぞろと村人を従え走って行った。
セズニは皆を振り返り顔を顰めた。
「厄介なことになった」