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メルグウェンと同室になった娘は、国の北東にあるブラバン地方の貴族の娘でマルゴーという名である。
マルゴーはメルグウェンより2歳年上だった。
今まで同じ年頃の同性の友達がいたことのないメルグウェンは嬉しかった。
マルゴーは典型的なブラバン地方の風貌で、殆ど白く見える金髪に灰色がかった蒼い瞳を持っていた。
それは黒髪黒目のメルグウェンにとっては、とても珍しく綺麗に見えるものであった。
マルゴーは既に一年前から修道院で生活しており、新しく入ってきたメルグウェンに色々と説明をしてくれた。
「自室では多少話すことができるけど、仕事中と公用の場では私語は禁止されているわ。今朝はあなたが来るので、私は特別にお休みをもらえたの。普段は今の季節は大抵畑仕事よ。庭師は勿論いるのだけど、私達の仕事は薬草庭園の世話、染物に使う植物の採取、農園や果物園の収穫等色々あるわ。午後は日によって違うので、今日は歌のレッスンよ」
メルグウェンはベッドに置かれた修道着を手に取った。
薄茶色に染められたゴワゴワする麻でできた服に着替え、髪を後ろで纏めて括り頭布を被る。
部屋には鏡はない。
「可笑しくないかしら?」
「頭布はもうちょっと前に引っ張ったほうがいいわ」
自分も頭布をぴっちりと被ったマルゴーがそう言いながら手伝ってくれる。
「ありがとう」
「馴れれば簡単よ。今日みたいな暖かい日は頭が蒸れるから自室に戻る度に脱いだり被ったりしているわ」
準備ができたメルグウェンが今まで着ていた服を自分の荷物にしまい終わると、立ち上がったマルゴーが言った。
「そろそろ食事の時間よ。鐘が鳴り出したら直ぐに出ないと間に合わないの。遅刻したら食事抜きになるから気をつけた方がいいわ。廊下に出たら私語は禁物よ」
鐘が鳴り出すと二人は廊下に出た。
同じ様に他の部屋から出てきた女達で廊下は込み合っている。
ぞろぞろと階段を下りて食堂に向かう。
先程見学した時にはガランとしていた食堂は、今や同じ服装の女達でごったがえしていた。
しかし食堂では話すことを禁じられているため、ベンチの軋む音以外は静かだ。
部屋を出る前にマルゴーに説明してもらったが、食堂は修道女側と寄宿生側に分かれている。
そして寄宿生側の席は自由に選べる。
話すことができないので誰の隣でも構わないのだが、皆大体同室の人と座るとのことだった。
メルグウェンも黙ってマルゴーの隣に腰を下ろす。
修道着を着ていない赤ら顔の太った女とほそっぽちの少女が、大きな鍋を乗せた車の付いた台を押しながら、席に着いた皆の後ろを通り、器に料理をよそっていく。
湯気を立てている料理はとても良い香りで、メルグウェンは思わず出てきた唾を飲み込んだ。
父親と朝早く朝食を取ったためとても空腹だった。
皆が席に着くと、修道院長が3人の年配の修道女を従えて入って来た。
3人の中で一番若く見える修道女が、手を膝に置き俯いている娘達を見回し、声高に祈りを捧げる。
祈りが終わると、修道院長はメルグウェンに立つように命じ、彼女を皆に紹介した。
そして、修道院長ら4人が修道女側の席に着くのを見て皆食べ始める。
食事は量は少ないが質の良いものだった。
鶏と野菜の煮込みは程よく煮えており、月桂樹やパセリの香りがする。
厚めに切ったパンも美味しかった。
飲み物は大きな水差しに入った林檎を発酵させて作るシストルがあった。
木の器に盛られた料理を夢中で食べていたメルグウェンは、やっと空腹も治まり、顔を上げて同じテーブルについている娘達を見回した。
皆自分の皿に目を落とし大人しく食べている。
城でも食事中に話すことはあまりなかったが、これ程の人数がいるにも拘らずこの沈黙は不自然だった。